第2話 一輪草
文化祭は二日間行われる。今日と明日の二日、外からお客さん──親とか来賓とか──が来る一日目と、生徒のみで行われる二日目の二日間だ。
僕と牡丹は……たぶん、一日目も二日目も一緒に回ることになるだろう。何せいつの間にか、そうなるような当番編成に、牡丹が根回ししていたのだから。
「牡丹。もう休憩で良いわよ」
「ホント? それじゃあお言葉に甘えるね」
そう言って牡丹は肩を幾度か回す。
「篝火くんも、それは私がやっちゃうから休憩入っちゃって」
「ありがとう」
僕は一つぐっと伸びをする。ずっと動き回っていたので、やっと休憩出来ることへの解放感は凄まじい。
「それじゃあ行こう! 泉」
「少しくらい休憩したら?」
「全然問題なーし♪」
さっさと学校指定の制服に着替えた牡丹は上機嫌そうに言う。
ちなみに余談だけど、僕と牡丹のクラスは一緒だったりする。休み時間の牡丹の様子を知っているのはそれが理由でもある。
「そりゃあ
「無いの。無いったらなーい!」
さあ行こうと急かすように、牡丹は僕の手を引く。
片手でシャツのボタンをとめながら、僕はふと、こうして腕を引かれるのも久しぶりだなと思った。そして久々にこうして手を引かれたけど、改めて成長したんだなと実感を抱いた。
横暴の権化のようなあの牡丹の手だというのに──なんて口に出したら失礼だけど──強く握ったら壊れてしまうのではないかと心配しそうになるくらいには華奢な手をしている。
「じゃあ飲み物だけでも買わせてよ」
「泉の奢りでね」
何て横暴な。いつの間にか牡丹の分まで買うことになってしまった。まあ飲み物で休憩時間を帰るなら儲け物……5分を100円と考えると、そこまでの儲けではないかもしれない。先ほどまで抱いていた
とはいえ僕は牡丹には逆らえない。わざわざ3階から1階の玄関横の自販機まで向かい、500円玉で、水とミルクティーを買う。ミルクティーは牡丹ので、水は僕のである。
「ご苦労様ー」
気の抜けるような言葉は、買ってきたことをか、はたまた仕事に対する労いかはわからない。しかしながら珍しいこともあるものだと思いながら「牡丹もお疲れ」と声をかけて、ミルクティーを差し出す。
「お疲れなんてもんじゃないよもーさ……」
「牡丹のところだけ繁盛してたもんね……」
きっと今も繁盛しているであろうクラスの出し物を思い出しながら、僕は水を一口飲む。異様に美味いと感じたて二口目を飲んだら、別にそんなでもなかった。
僕らのクラスの出し物の名前は「ポーカー喫茶」だ。名前の通りポーカーを行う喫茶店……まあブラックジャックやルーレットもあるから盤上遊戯喫茶みたいな? まあルーレットは見回りの風紀委員に禁止にされていたりするけども。
人気だったし面白かったから、ルーレット禁止は僕個人としてはとても残念なことだ。今は暇な当番の人たちや休憩中の男子がバックヤードで遊んでいる。
牡丹はその「ポーカー喫茶」でブラックジャックのディーラーを行っていた。そのお陰か参加人数が予想以上になり、途中からテキサス・ホールデムになったのは、始まったばかりの文化祭の──お店としては──嬉しい誤算だった。当番側からしてみれば地獄だったけど。
「もうディーラーはやりたくないなぁー」
僕も牡丹の様子を見ていて、ディーラーはやりたくないなと強く思った。牡丹がディーラーだったからあれだけ集まったのだろうけど、それでも人の数が減らなかった要因には、面白いからという理由も少なからずあるはずだし。
それにたぶんだけど、牡丹は一切休まずにディーラーをやっていたのだと思う。実際に見ていたわけでないから憶測でしかないけれど、真面目な牡丹のことだから、お客さんがいなくなるまで休みなく働いていたに違いないと確信している。
「今から言っておけば?」
「それもそうだね」
先ほどまでの重労働を思い出したのか、憂いた様子の牡丹はスマホを取り出すと、凄い速度でメッセージを打ち始める。最近のJK凄い……と戦慄していたらいつの間にか送信までしていた。
時間にして十秒経ってないと思う。ほぼ一瞬と言って差し支えない速度で、牡丹はその作業を終えた。
「──さて、休憩終わり! まずは屋台から回ろうよ!」
スマホをしまい、先ほどまでの憂いを吹き飛ばすかのように、牡丹は少し口をつけたミルクティーを片手にそんなことを言った。
「太っても知らないよ?」
「その分動けばモーマンタイ!」
動けばゼロカロリー! と、快活に、どこかの芸人のようなことを言う牡丹だったけど、それ太る人の言い分だよね? とは口にはしなかった。
言わぬなら災いの元なり得ない、だ。
はぐれても面倒なので、僕は人混みをお構い無しと言わんばかりに進んでいく牡丹の後を追っていく。たぶん牡丹のことだから、十中八九目的が定まっているから先行しているのだろう。
そういう所は昔と変わらない。変わるところがあれば、変わらないところもある。そんな当然とも言えるべきことに気付いて、僕は牡丹に悟られないくらいに小さく苦笑した。
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