第1話 花一華

「おはよういずみっ」


 牡丹から文化祭のお誘いがあってから一週間後。文化祭の当日、いつものように、僕は家から出た所で牡丹に快活な挨拶を受けた。


「おはよう牡丹」

「ノリが悪いなぁ」


 そう言いながらもどこか楽しそうに、されど僕の挨拶に対する不満を隠そうともしない言行をしながら、肩を並べて僕たちは歩き出す。

 こうして一緒に登校しているだけでも周りの目が痛いけど、そんな周りの目より牡丹の機嫌を損ねるほうが僕にとっては損になる。ついでに牡丹の機嫌を損ねたら損ねたで周りから集中砲火を受けるのも目に見えてる。

 理不尽ってホントにあるんだね。


「そういえばさ、昨日のアレ、観た?」

「観たけど……それクラスメイトの女子とする会話じゃないの?」

「『アレ』だけでわかってくれるのは泉だけだしいいのいいの」

「そりゃあ長年一緒にいるわけだしねぇ」


 嫌でもわかるようになる。

 一応、僕と牡丹は小学校入学当初からの仲だ。それ以前の関わりは……親にはあったけれど、僕は保育園で牡丹は幼稚園であったため、子供同士ではなかった。

 小学生になってからは……いたく僕を気に入った牡丹と共に色んな冒険をした。きっとかけがえのない思い出なのだけど、基本は黒歴史。しかしながら感慨深いものがるのもまた確かである。


「だからこそわかってくれてるんじゃん? 私的に『アレ』とか『ソレ』で伝わるのって楽だからさー」

「はいはい。それで、その番組がどうしたの?」

「いや? 面白かったよねーって。それだけ」

「それ会話する必要あるの?」


 訳がわからない。先ほどから牡丹と話していたのはクイズ番組のことだ。一番間違った人には罰ゲームというバラエティの側面も持っていて、毎週面白いと牡丹が太鼓判を押す番組。僕も毎週観させてもらっているが、確かに今週も面白くはあった。

 しかしそういった話って、名指しで『○○の回答おかしすぎ』とか『○○博識だよね』とか話すものではないのだろうか? 僕にはそういった話をする相手がいないから完全に妄想でしかないけれど。


「あるある。JKって怖いんだよ? 会話についていけないとすぐに仲間外れになるんだから。トイレに席を外したらその人の悪口合戦だし」

「そんな知らなくてもいい情報教えないでよ」


 もともとJKに何の幻想も抱いてないけれども。身近なJKが牡丹ということもあり、そんな砂上の楼閣並の幻想など微塵も抱いたことはなかった。

 何なら、JKに対する低かった評価が更に下がったまであるし。


「どーせ泉には関係ないでしょ。問題なし!」


 輝かんばかりの笑顔で牡丹の口にした言葉は酷いけれどごもっともだ。否定できないのは悲しいけれど、僕が牡丹以外のJKと関わりがないのは事実だし。


「そういえば先週のメッセージはマジなの?」

「──マジに決まってるでしょ?」


 私が冗談でそんなこと言うと思ってるのかー? と声のトーンを落として、怒り半分冗談半分くらいの口調で、ポニーテールを靡かせながらこちらを振り向く牡丹。正直、僕にとってはトラブルメイカー以外の何者でもない牡丹だけれど、それをそのまま言えば怒るのは目に見えているので言わないし言えない。だから取り敢えず──


「散々僕を弄り倒す幼馴染み、とは思ってる」

「……ほぉー?」


 僕の幼稚な語彙力を存分に活かしてオブラートに包んだ言葉で、途中まで興味津々といった様子で聞いてきていた牡丹の様子が、一気に怒りへとシフトする。彼女の地雷は何処か、長年時間を共にしている僕だが、未だにわからない部分も多い。今のはわかるけど。


「私がいつ泉を弄り倒したっていうのさ」

「おや覚えがない? 入学式から手を繋いで歩いて、僕をクラスメイトの敵認定させようとした悪行を忘れたと?」

「……察しなさいよ、バカ」


 前半はうまく聞き取れなかったが、僕からしてみれば理不尽な、されど牡丹にとっては理不尽ではない罵倒をされたのはわかった。もとから牡丹は理不尽以外の何者でもないけど。


「成績は中の上だけど」

「私は一位だからバカよ。バーカ」


 そりゃあ成績最優秀者と比べられればそうだけれども。


「僕がバカって言われるなら、牡丹は努力家だね」

「……どうして?」

「そりゃあ、牡丹が頑張って勉強してるのを知ってるわけだし」

「……そんなの、覚えてなくてもいいのに」


 不貞腐れた牡丹の様子は、頭の隅に浮かんだ中学入学当初の記憶を刺激する。

 なんでも中学最初の中間テストで、牡丹は赤点──中学で赤点はなかったけど、それくらい酷い点数──を叩きだし、三者面談で担任から「高校行く気あるんですか?」と言われたらしいのだ。それに牡丹の親が激怒。僕らの前では「将来は泉くんに一華を養ってもらおうかしら」とか冗談を言っていたけど、家ではたいそう怒られたらしい。今となっては、そんな未来は微塵もなそうなので安心していたりするけど。


「今でも頑張ってるんでしょ。復習はもちろん予習までやってるんだから……無茶して体壊すはもう止めてよね?」

「……そんなことあったかしらー」


 あったから。あれから僕は牡丹のブレーキ役と見られるようになったくらいにはあるから。

 下手に丁寧語みたいなお嬢様口調? を棒読みでされると吹き出しそうになり、それでまた一悶着ありそうになので、僕はそれに意識を向けまいと、この話を掘り下げることにした。


「あったあった。あの日は牡丹のお母さんもいなくて、それでお見舞いに来たら牡丹が『一人は寂しい』って言うから──」

「わーわーわー! そんなことあったかなぁ!」


 牡丹は耳を塞いで大声で僕の声をかき消す……僕も話すと恥ずかしいけど、こうして立場が逆転するのなら、吝かではない。


「あのさ、もう学校近くで、周りにも生徒いるんだよ?」

「黒歴史を晒されるよりはマシですー」

「……」


 実は先の叫び声で反応した生徒も少なくない。というか道端で叫ぶとか普通の人はやらないから、注目の的にはなるべくしてなるわけで──つまるところ、今まさに黒歴史を増やしたんじゃないかな。と牡丹に言いたい僕であったが、さすがに聞きはしなかった。


「それに先週の話を今更掘り下げて来る非モテの典型的な話題提供よりはマシですぅー」

「……」


 すぐに後悔した。

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