第4話「なんでもする」

「──あー、面白かった」


 買い物を終え、家路につく途中。

 先ほどの店員とのやり取りを指しているのか、はたまた、今日一日のことを指しているのか。

 そんな葉月の言葉を聞き、涼介は一つ息を吐きながら。


「カップルに間違われるの、これで何度目だよ……」

「ま、アタシたち全然似てないもんね。店員さんもしょうがないでしょ」

「そうかもしれんが……。というか、お前も笑ってないでちゃんと説明すれば……」

「だって面倒なんだもん。それに、別に涼介となら、勘違いされてもそんな気にしないもん」

「は?」

「だって──兄妹でしょ、アタシたち。なら、別に恥ずかしいとか思わないし?」

「……ま、そうだな。確かに、恥ずかしくはない。どっちかと言えば、俺は面倒くささが上だ」

「へー、面倒だって思ってたんだ」

「そりゃそうだろ。高校時代、どれだけ嫉妬の目を向けられたことか……」

「あー。ごめんね、アタシが可愛くて」

「うぜぇ……」


 そんな、軽口を叩きながら帰り道を歩く二人。

 すると、葉月は少しだけ表情を変え。


「ね、涼介。ちょっと寄り道しない?」

「寄り道? どこへ行くんだ」

「この辺に公園があるんだって。ちょっと行ってみようよ」

「……はぁ。お前、ほんと元気だな」

 

 こんな風に、葉月に振り回されるのは今に始まった話ではない。

 先を歩く背中を見ながら、涼介は少し、昔のことを思い浮かべていた──。



 二人がやってきた公園は、綺麗な桜が咲いていた。

 夕方。少しだけ肌寒さを感じつつも、春の訪れを感じさせる。


 葉月は、そんな光景に目を光らせ、「インスタにアップしなきゃ」と、急いでスマホを取り出し写真に収めていた。

 そして涼介はと言えば、流石に疲労を隠し切れず、ベンチへ腰かけて一休み。

 家から近所とはいえ、食料品、日用品の入った袋4つを下げて歩くのは、流石に疲れたといったところ。とはいえ、葉月に持たせるわけにもいかないので、弱音を吐かずここまで頑張ったというわけだ。


 やがて、満足いくまで写真を撮った葉月が、そんな涼介の隣に腰を下ろした。


「荷物、ありがとね」

「いいよ、別に。お前の荷物持ちは慣れてるし」

「あーそっか」


 一つ笑い、桜を見上げ。


「桜、綺麗だよね。都会って、こういう場所全然ないのかと思ってた」

「はは、そうだな。確かに、ビルばっかりってイメージだもんな……」


 公園をぐるっと見回す。

 そういえば、子供の頃、葉月とふたりでこうやって遊んだりしたっけな……。


「──ね、涼介」


 と、昔を懐かしんでいると。

 葉月が、やけに真面目な面持ちで、口を開いた。


「ありがとね、色々」

「……え、なにが? 荷物のことは、いまお礼聞いたけど」

「いや、ルームシェアのことよ。正直、アタシのワガママを聞いてもらった感じになっちゃったからさ」

「あー、そういうこと。……なんか、お前からそうやって改まって感謝されると、ちょっと気色悪いな」

「ちょっと、なに! アタシだって、ちゃんとお礼くらい言うわよ!」


 全くもう……と、ご機嫌斜めな葉月。

 涼介は苦笑しながら。


「いや、スマン。……けど、別に気にしなくていいぞ。そもそも本当に嫌だったら、最初から断ってるしな」


 実際のところ、涼介はこのルームシェアの提案を、迷惑だとは思っていない。

 今日から生活が本格的に始まるので、これから色々面倒事も増えてくるとは思うが、少なくとも、後悔することはないだろう。


「それに、飯だって作ってくれるんだろ? なら、むしろ感謝するのは俺の方だ。一人暮らししてたら、きっと毎日コンビニ飯だったろうしな」


 そんな涼介の言葉に、少しだけ安堵の表情を浮かべる葉月。


「あはは、そっか。ならよかった。……けど、感謝してるのは本当だから。それだけは覚えておいて」

「ん、わかった。なら、いずれこの恩は、何かで返してもらうとするかな」


 冗談交じりに涼介は話す。

 しかし、葉月はその言葉を正面から受け止め。


「お返し……。うん、そうね。なにか、お返しできることがあれば、何でもするわ」


 そういい、考え込む葉月。

 今の自分に、何ができるか考えているようだった。


「涼介はさ、なにか無いの? 困ってることとか」

「困ってることねぇ……。別に、金がないくらいか」

「それは……アタシにも、どうしようもないわ……」

「だよな。分かってる。別に、あてにはしてないから気にするな」


 言いながら、スクッと立ち上がる涼介。

 やがて、ベンチに座る葉月を見下ろすような形で。


「ま、なにか困りごとができたら、相談するわ。別に、今すぐ何かしてほしいってわけじゃないし」

「そっか、わかった。けど、何かあったらすぐ相談してよね。アタシにできることなら、協力するから」

「ああ、その時はよろしく頼む。……ぶっちゃけ、葉月のことは結構信頼してるからさ」

「あ、そうなんだ。アタシって、あんたの中で結構評価高かったのね」

「まあな。頼りにしてるよ、”妹”」

「ふふっ。任せて、”お兄ちゃん”」


 互いに、慣れない呼び方をしたせいか、それとも柄にもないことを話したせいか。

 顔を見合わせた二人は、段々と笑いがこみ上げてきて、思わず声を出して笑ってしまった。

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