第5話「心配とか友達とか」

 涼介と葉月の両親が離婚したのは、二人がまだ小さかったころ。

 それから十年以上。時折、葉月からの呼び出しであったり、互いに父、母と一緒に食事をしたりする機会はあったものの、基本的には別々に生活していた涼介と葉月。

 そんな二人ではあったが、このルームシェア生活というものは、思いのほかすぐに馴染むことができていた。

 基本的に兄妹である二人は、互いに気を遣うという意識が薄い。

 そのため、いくら二人が男女であろうと、兄妹のルームシェアと、カップルが同棲を始めるのとでは、全く違った感覚なのだ。


『──くれぐれも、葉月のことを頼むぞ』


 引っ越してから数日。これで何度目かわからない、父からの連絡を受ける涼介。

 話題は決まって同じ。葉月の心配、それだけだ。

 最初のうちは、葉月の携帯へ電話をしていた父だったが、あまりの頻度に引っ越し数日で通話拒否を食らってしまい、結果、涼介の方へと電話をすることとなったのだ。

 涼介からすれば、いい迷惑である。


『ところで……葉月は今、何をしてるんだ? まさか、遊びに出てたりは……』

「あー、もう。ほら」


 心配性な父を安心させるべく、ビデオ通話を起動する。

 カメラに映すのは、リビングのソファでだらっと寝転がる葉月。

 カメラを向けられたことに気づいたのか、うげっとした表情を浮かべる。その恰好がまた、なんとも適当だった。どこで買ったのか分からないダサTシャツに、無地のジャージ。 一応女の子なのだから、もっと気を遣っても……と、涼介も思わなくもないが、とはいえ見せる相手が兄である以上、これでもいいというのが葉月の判断である。


「もう、お父さん。心配しすぎ。ウザいよ」

『う、ウザ……っ!』


 娘からの言葉に、ダイレクトダメージを受けてしまった父。

 やがて、流石に自重すべきだと判断したのか、しばらく通話は控えるとのメッセージとともに、改めて葉月のことを任せるとだけ伝え、通話を切った。


「はー……。ほんと、あの親父は……」

「ゴメンねー、涼介。手間かけちゃって」

「いいよ、別に。しばらくは控えるって、親父も言ってたし」


 互いに苦笑いを浮かべる。葉月も、別に父親のことが嫌いというわけではないのだ。

 ただ、少しウザいだけなのだ。年頃の娘としては。


「そか。んー……それじゃお礼ってわけじゃないけど、コンビニで何か買ってくる。なにか食べたいものある?」

「あー……。食後のアイス、欲しいかも」

「わかった。ミントでいい?」

「さすが葉月。俺の趣味を分かってるな」

「そりゃね。んじゃ、ちょっくら行ってくるねー」


 軽く上着を羽織り、コンビニへと向かう葉月。


 ──そんな感じで。特に何かが変わるわけでもなく、今まで通りの兄妹の距離感で自然に過ごし、すっかり新生活にも慣れてしまっていた。



「どう、大学。友達出来た?」


 二人が一緒に暮らし始めて二週間。

 晩御飯を食べながら、いつものように他愛のない雑談をする二人。

 ちなみに今日のご飯も、葉月お手製だ。


「まあ、友達と呼べるかは怪しいが……一応、顔見知りはできたかな。まだ一週間だし、そんなもんだろ」

「へへーん。アタシはもう友達できたもんねー」

「な、なに。流石だな、葉月……お前のコミュ力が、少し羨ましい……」


 涼介も、決して人見知りをする方ではない。

 だが、葉月と比べると、コミュニケーション能力では圧倒的に負けてしまう。


 葉月は、気に入った相手には全く物怖じせず話しかけ、すぐに友達になってしまうという特技を持っている。

 現に、葉月のSNSアカウントのフォロワーは、数百人を超えているのだ。

 ちなみに涼介は、五十人にも満たない程。その差は歴然である。


「涼介、サークルとか入らないの? 友達作るなら、それが一番だって先輩が言ってたよ」

「サークルねぇ……」


 お前、先輩の知り合いもできたのかよと、ツッコみを入れたくなる涼介。

 しかし、話題が逸れそうだったので、そこはグッとこらえた。


「高校時代、帰宅部だったからなぁ。これと言って趣味もないし。葉月はどうするんだ?」

「んー、検討中。バイトもしたいし、両立できそうなとこ探そうかなって」

「ああ、確かにな。俺もそろそろバイト探さないと」

「ま、まだ入学したばっかりだしね。ゴールデンウィーク明けくらいには、ある程度決まってればいいかなって感じ」

「そうだな。俺も似たような感じだ」


 その後も、どの授業を選択するだの、学食はどこが一番美味しいかだの雑談をし、いつも通り一日を終えたのであった。

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