第3話「彼氏……?」

「……終わる気がしない」


 荷物を整理しながら、涼介は一息ついた。

 目の前には、未開封の段ボールが山積みになっている。

 引っ越し業者から荷物を預かって、数時間。

 一向に片付く気配のない状況に、嫌気がさし始めてくる。

 ──コンコンッ

 と、そんなタイミングで。


「涼介、片づけ終わった?」


 ドアを開け、廊下から顔だけ見せる葉月。

 涼介は思った。まだ入っていいとは言ってないぞ、と。


「いや、見ての通りだ。全然終わる気がしない」

「あー、似たような感じかぁ。アタシ、もう飽きちゃってさ」


 さすが兄妹。飽きるタイミングも同じか。

 涼介は思わず苦笑する。


「わかる。俺もぶっちゃけ飽きてた」

「だよね。じゃあ涼介、いま暇ってこと?」

「まあ、暇になるところかな。何か用事か?」

「うん。買い物行こうよ、買い物。日用品とか、揃えなきゃでしょ?」

「あー、そっか。確かにな」


 幸い、家具や家電は、両親が揃えてくれた。

 だが、生活に必要なものはまだ他にもたくさんある。洗剤だったり、タオルだったり、歯ブラシだったり……。


「アパートの近くにさ、大きいショッピングモールがあるんだって。ね、行ってみようよ」

「そうだな。気分転換がてら、行ってみるか」



 ショッピングモールクレア。涼介と葉月が住むアパートから、徒歩十分に位置する、巨大商業施設。

 食料品売り場に始まり、ゲームセンター、映画館などのアミューズメントスポット、その他、専門店も立ち並んでおり、ここへ来れば、大抵のものは揃うであろう、夢のような場所。

 田舎に住んでいた二人にとって、そのラインナップの豊富さには、ただ驚くしかない。


「すげぇな……」

「うん……。イ●ンの三倍くらいはあるんじゃないかしら……」


 涼介たちの住んでいた場所にも、こういった商業施設がなかったわけではない。

 だが、こうも気軽に来られる場所ではなかった。

 週末までに予定を立てて、電車を乗り継ぎ、ようやく来られる場所。

 ゆえに、こんな風に「ちょっと買い物で」と、気軽に立ち寄れることが、なによりも感動的なのであった。


「……と、とりあえず、二階から回ってみるか!」


 そのあまりの広大さに、思わずテンションが上がる涼介。

 どうもそれは、葉月も同じだったらしく。


「ええ、そうね。早速行きましょ!」


 引っ越しの疲れなどどこへやら。

 二人とも、湧き上がってくる高揚感を抑えきれず、衝動のままにお店を片っ端から見て回ることにしたのであった。


 ◆


 そんなこんなで、お店を回ること少し。

 二人がやってきたのは、緑の看板に、白の文字が特徴的な家具店。家具はもちろん、インテリアなども多く揃っているこの場所は、まさに新生活を彩るうえで、欠かせない場所である。


「基本的に、アタシのセンスでいい?」

「ああ、任せる。俺は別に、使えりゃなんでもいいからな」


 特にこだわりを持たない涼介にとって、あれこれ決めてくれる葉月の存在は非常に助かる。

 トイレや風呂場で使う用品。それからゴミ箱、鏡といったインテリア雑貨。共有スペースに置く時計やカーテンだったりと、てきぱき決めていく葉月。自身のセンスに自信があるのか、基本的にあまり迷うことはない。

 そして、そのどれもが、値段の割にはお洒落なものばかり。まさにお値段以上といったところか。

 そんなこんなで、店内を物色していると──。


「いらっしゃいませ。なにかお困りなことはございませんか?」

 若い女性の店員が、二人に声をかけた。

「んー。必要なものは揃ったし、あとは……。そうだ、クッションとか買う?」

 店内をざっと見まわし、たまたま目についた商品を挙げる葉月。

「別に、あって困るもんじゃないな。親父がソファ買ってくれたし、そこに置くのはありかも」

「じゃ、それで。すみません、安くて質がいいやつ、教えてもらっていいですか」

 なんともストレートな聞き方である。

 だが、店員は嫌な顔一つせず、にっこりと笑顔のままで。

「そうですね、こちらの商品なんかおすすめですが──」

 と、一つ手に取った。


「こちら、カラーが二種類ありまして。いわゆる、ペアクッションのような商品になっております」

「はあ、ペア……」

「こちらの赤色を彼女さんが、黒色の方を彼氏さんがお使いになられると……」

「──ぷっ」


 思わず噴き出したのは、彼女扱いを受けた葉月であった。

 手で口元を隠し、小刻みに震えている。涼介は思った、こいつ、笑いをこらえきれなかったな……と。


 確かに、店員が勘違いするのも仕方ない。

 涼介と葉月は、双子とはいえ全く顔は似ていないのだ。

 二人は、いわゆる二卵性双生児であり、小さいころから双子といっても信じてもらえないことが多かった。

 加えて、両親が離婚した後は、名字も変わってしまったため、きちんと説明しない限り、兄妹だとは誰にも思われることはない。それも、双子だと信じてもらえない大きな要因の一つである。


 ちなみに──。

 涼介の顔立ちはごくごく平凡レベル。葉月曰く、中の中くらい。

 それは本人も重々承知しており、自分のことを『イケてる男子』と思ったことは、一度もない。


 対して、妹の葉月は違う。

「本当に兄妹か?」と、思わず涼介も疑いたくなるほど、整った容姿。かわいい系というよりは、どちらかと言えば美人系。おまけに、人当たりのいい性格。

 男性を惹きつけるのに十分すぎるほどの魅力を持った葉月は、これまでもかなりの男性からアプローチを受けてきた。ただ、本人は恋愛ごとに一切興味がなく、すべてバッサリ切り捨てているが。


 ちなみに、涼介と葉月を兄妹だと知らない人からすれば、こうして彼氏扱いされることはザラだ。

 涼介にしてみれば、いい迷惑ではあったが。

 何せ、隣を歩いているのは妹。間違っても、そういう関係ではない。

 だが、現実はこんなものだ。現に今も、籠に入っている商品と、二人を見て、店員は「同棲を始めたばかりのカップル」と、勘違いをしてしまったのだから。


「いかがですか、こちらの商品。今なら、セールでお安くなってますし……」

「──っぷ、くくっ。いかがです、”彼氏さん”」

 笑いをこらえながら、からかうように訪ねてくる葉月。

「……はあ。大丈夫です、別の商品探すんで」

 そんな問いかけに対してため息で返事をし、店員のおススメを断る。その表情からは、『めんどくさい』という感情が滲み出ていた。


 ほんと、いつもこのパターンだな、と。

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