第6話 【実践】エロと文藝
【問題】
次の文を、文藝的表現に書き換えなさい。
◇
ごつごつとした男の両手が白いシャツの間に潜り込んだ。それは門を破るかのように、勢い良くシャツを引きちぎる。幾つものボタンがぶちぶちと飛び散った。
「いやっっ!」
女は悲鳴を上げた。しかし、その声が誰にも届きそうにないことを、女も知っていた。
ここは地下の資料室。就業時間は
たとえ何が起こっても。ここは完全な密室だった。
男はそれを承知しているのか、その悲鳴に怯むこともなく、組み敷いた女をゆっくりと見下ろした。紺色のタイトスカートは既に脱がされ、男の背後に投げ棄てられていた。
男は引き裂いたシャツを掴むと、ぐいぐいとずり下げていった。つるりとした白い肩が露になる。
「だ、だめですっ」
女は慌てて体を動かす。しかし、引き下げられたシャツが背中で丸まり、両腕をがっしりと拘束していた。そのため、思うように体が動かせない。女は、不自由な体を僅かにくねらせ、仰け反る程度しかできなかった。
その動きは、却って男を刺激したらしい。男の猛禽類のような指がレース柄の下着の上から、その豊かな胸を
「い、いたいっ・・やめて」
女は美しい眉を寄せ、哀願するように男を見上げた。
女は着痩せするタイプらしく、普段のスーツ姿からは想像しがたいプロポーションを有していた。男の大きな掌にも余るその胸は、僅かに残されていた男の理性を
男は強引にブラジャーを引き下げた。白く光る艶やかな胸が男の眼前に現れた。下げられたブラジャーが乳房の下に食い込んで、豊かなそれを押し上げていた。不自然に歪められ飛び出す乳房。陰惨な雰囲気を醸し出し、それは妖しいまでの美しさを漂わせていた。
男と女しかいない地下室に、ごくりと生唾を飲み込む音が響く。
荒々しい指が乳房を揉み潰し蹂躙する。吸い付くような柔らかさが男を夢中にさせた。
女は不自由な身体をくねらせながら、いやいやと首を振った。しかし、男は女の身体に背を押されるように、更なる凌辱の方法を考えていた。
・・男を淫獣に突き落としたもの。
それは。
苦悶するかのような表情で仰け反る女の、その身体に顕れていた。
雪のように白い乳房。その、先端。
なんとも可愛らしく魅惑的な果実。まるで男を誘い込むかのように。赤く震えて。
・・つんと上向き、尖っていた。
◇
【呪文堂の解答 その1】
余は、女の全てを知りたいと欲した。何故そのような欲求が沸き上がったのか。我ながら説明し難い。空腹のあまり、食ってはならぬ他人の飯を気づいた時には平らげていた、そんな状況にも近しい気がする。動機とは、社会規範の中で説明を行う為の道具だ。社会以前の欲求より溢れ生じた行為に対しては、些か荷が重いといわざるを得ない。
余の指が余の欲求のままに行動すると、女は声を上げた。
なんとも愛らしい響きであった。
その声を
余はこの事象を、是非とも取り上げねばならぬ。
その艶っぽさは、どうにも余の行為を促進させる作用があった。拒絶の叫びであるのに促進の作用があったなら、それは矛盾で誠に不都合だ。
ならば、女は拒絶を装いつつ余を誘惑したのか。否。それはあり得ぬ。余は女を知っているつもりだ。清楚であどけない姿を有し、些か融通が利かぬほどに生真面目な娘。潔癖なまでに
ならば、余が感じた矛盾はなにか。それは則ち余の欲求の説明し難きに似る。女は確かに拒絶した。偽りなき本心と思われる。と同時に、女は自らの中に生じた変質に戸惑っただろうと予想する。元々余と女とは、仕事の上で近しき間柄にある。余は常々、女に憧れを抱いていた。女は余の憧れを、意識的か無意識的かは判らぬが、何らかの形で覚えていたのではあるまいか。それに対する応答なのか憐れみか。女自身は了解せずとも、その奥底が身体が反応した。すなわち、余の行為に対して、女の身体は艶っぽさをもって応えたのである。
余の行動は促進を受け加速した。荒々しくなった。女のシャツを引き裂くように開け広げた。大理石のように白くつるりとした肌が飛び込んできた。余の身体がかっと熱くなる。余の指が女の柔い胸に深く食い込む。
女は、いたい、と哀愁を帯びるような声を上げた。余は混乱した。女は余にとってこの上ない存在である。敬い崇め、万難遠ざけたいひとである。ところが
女が体を動かす。苦しげな表情を浮かべながら、まるでしなをつくるように艶かしい動きをする。余のなかで何かが弾けた。みれば女のたわわな胸が飛び出してきた。余の指がその
余は、確信した。
余の推測は、あながち誤りではなかった。余は、自らの奥底にある何かに押し上げられながら、余の女神を余の至高を、余の想像を超え掴み取り征服しようと激しく活動した。無闇に働いた。
しかし同時に、余は操られていた。やはり女の奥底にある何かによって余は操られていた。そして女もおそらく同様に、その何かによって自由を奪われていた。
その証拠に。
女の乳房の上を占めるその突起は、それぞれ固く尖っていた。充血し弾けんばかりの姿は、余の下半身を占めるものと共鳴するかのように、更なる刺激を求めんと、固くつんと尖っていた。
まるで、その突起によって合一せんと、天に向かって起立していた。
余は、確信した。
征服されたのは、余と、そして女だった。
【呪文堂の解答 その2】
地下室。昼でも日光の届かぬ場所。ここに醸し出されし淫妖たる磁場が、堆積せし淫想が、物質に宿る陰陽を蠢動させ、その表層に強く働きかけるは道理で。
誘ったのはどちらだったか。いや、その誘いは単にその場の些事始末に過ぎなかったであろう。しかし。
皆が帰りし後のこと、密閉の空間。加えて夜半、なによりも地下室。陰陽が揃えば何かが起ころうことは、必至。夏の夕立、稲妻のごとく。
清楚たる白いシャツ。それはつやつやと輝いて。紺色のタイトスカート。落ち着いた色合いは美しい脚を際立たせ。凛として仕事に
聖なるものが強ければ強いほどに、それを汚さんとする欲望もまた色濃くなる。堆積物と混じり合う。磁場に引かれて淫妖たる力はどす黒い熱い疼きを陰陽共に注ぎ与えて。その表層へと、とろりとろりと溢れ出す。
力を得た指は、神聖なる光を畏れることもなく大胆不敵に掴みかかった。ぶちぶちと
力を受けて戸惑う身体は、鼓動ばかりを強くさせ硬直した。重く荒々しい吐息に曝され、その芯は熱く震えた。
地下室は、饗宴の場となった。
悲鳴が、聞こえた。
ややあって、それが自分の口から飛び出たものと気がついた。悲鳴を上げることができた自分に驚いた。
同時に。ここは地下室。社員は皆帰った。警備員はテレビに夢中。悲鳴は誰にも届かぬと、どこかで安堵した自分を
男の
されたいように されてしまう
どくんと心臓が跳ね上がった。かっと身体が火照った。
首を振る。そんなのはいやだ。・・いやじゃなければ、いけない。そんなのは求めていない。求めるはずがない。男の体臭が纏わりつく。頭がぼうっとする。
そのとき。蛇のいやらしい口が胸にかぶりついた。大きな口が、ぎゅっと噛みついた。いたい。恥ずかしい。触られると身体がおかしくなってしまう。胸の先が体の芯が、ぎゅっと絞られ熱くなる。
これ以上されたら。自分が自分でなくなりそう。自分以外のモノが溢れ出して男を濡らしてしまいそうで。男にやめてと願ったが、蛇のような目で、獲物を狙う目で、全てを見透かしたように、動けない身体をじいっと見下ろす。その目を見たら、肌はふつふつと立ち上がり、奥の方からじっとりとした。
自分の汗を、匂いを。男に気付かれないだろうか。わたしの鼓動を、覚られないか。
男の手が動いた。ぐっとブラジャーを引き下げた。慌てた。見てはだめ。わたしは、わたしではないのだから。この身体は、わたしの知る身体ではなくなっているの。
そんな願いを一顧だにせず、露になってしまった胸を蛇は噛みつき舐め回した。蛇は、見られたくない処を熟知しているかのようだった。野苺を狙う蛇のように。その回りを廻って舌を這わせた。こんなのは、いや。嫌じゃなければ、変だ。
そっと、
慌てて目を
・・やっぱり。
花開く直前の
じゅんと溢れてくる。
蛇は男か。わたしの中か。
この地下室が、蛇の巣か。
ぬらぬらと蠢き湧き出てくる。
もうこれ以上は剥かないで欲しい。見られてしまったら。わたしは、もう。
・・わたしが。呑み込み食べてしまうかもしれない。
地下室。ここは、いけない。
首を振って追い出そうとする。
求めてなんか、いない。
・・地下室。夜毎に訪れ。
組み敷かれる、姿。
獣のように這って。
蛇のように、交わる姿・・
◇
ひゃあ!『文藝的表現』、難しいですっ!『官能小説』以前の、ただの『エロ表現』になっちゃってますかね?
皆様どうか厳しく採点頂きたく、ご指導宜しくお願い致しますっ!
さてさて。書いていて、ふと思いまして。
官能小説か文藝作品か。これ、ジャンルの設定、すなわち『需要に対する供給方法』の差異に過ぎないのではあるまいか、と。
つまり、書き手として求めるものに差異があるわけではなく、読み手が求める形に差異があるのではないのかと。
つまり、官能小説というのは読み手が求めるストライクゾーンが狭いんですね。いわば『実用的』でなければならない。内証的思索なんかは邪魔。解りにくい比喩も勘弁です。思想信条なんかは他でやってね。とにかく『その場面』が見たい。背景事情は三行に纏めて。そんなワガママ読者サマの為に、親切丁寧に作ったのが官能小説なんですね。想像し易く映像化し易い文章が求められる。
そのため、官能小説はどうしてもビジュアル偏重になっていくんです。表層、つまり人物の容姿や動き、会話、シチュエーション、凝った小道具、そういったものを工夫する方向へと官能小説は進むわけです。
ところが。ここに『R15』という規制が入ると困ったことになる。官能小説は内証的深化といった方向には進みにくいので、目に見える部分をより詳細により具体的に、明確に描く方向で進化します。ところが『R15』がそれを阻む。
・・そのために、官能小説的で『R15』の規制を受ける作品は、具体的描写もままならず、内面への深化もしていない、実に層の薄い作品へと追い込まれてしまう可能性があるわけです。
官能小説という、読み手へのサービス精神を
対する文藝作品というものは、まだまだ理解できておりませんが、少なくとも官能小説に比べたら読み手への配慮は少ない。
書きたいことを、現したい世界を、とことん追及できる、いや追及せねばならぬ。あらゆる手段を用いても、磨いた手練手管を駆使して創り上げていく、そんなものかなぁと思いました。中途半端は『文藝』足り得ない。『R15』を気にすることに留まらず、もっともっと突っ込んで削ぎ落として、盛り込んで練り上げて。『解るか解らないかはあなた次第』、そんな作品すら許容され得るジャンルが『文藝作品』なのかもしれません。
だから、商業ベースだと文藝作品は厳しいんですね、売れませんから。出版社はせっせと官能小説を出版しては資金を稼ぎ、そして文藝作品を出版した。それが矜持だったのでしょうか。
でも、『カクヨム』ですからね、有難い。売れなくともいい。読者が付かなくったって安心でいられます。
こんな素晴らしい環境にありながら文藝作品にチャレンジしないなんて勿体無い、そう思い至ったわけなんです。
すみません、脱線しました。
このコラムでは、『R 15』とは何かを考えました。次いで文豪たちの描いたエロスを考えました。それらは文藝作品であるゆえに、当然『R15』には引っ掛からないだろうと考えました。そして官能小説と文藝作品との差異を考えました。
ここまで考えてきまして、私が得た結論は二つ。あくまでも今時点での結論ですが。
ひとつ。書きたい、表現したい、そんな欲求レベルにおいては、官能小説も文藝作品も関係ない。そもそもジャンルなんかは後づけで。ある程度書きたいものが現れてきた時、ああこれはこのジャンルに入るのかな?と分類できるのかもしれない。(もっとも、商業ベースで書く場合には、先にオーダーがあるわけですから、当然そのオーダーに沿った、ジャンルが既に設定された作品を書かねばならないわけですが。)
ふたつ。作品を発表する段階で、初めて対外的な『表現方法』が問題となる。ジャンルの確定を要求され、『R15』の規制も掛かってくる。
ここで『官能小説的作品』、すなわち読み手の要望に沿うであろう表現内容に固執した作品だと、規制を掻い潜る為にあちこち削った結果、薄っぺらいものと成りかねない。
よって、規制が敷かれたコンテンツ内で、官能の世界へもしっかり踏み込みたいのであれば、むしろ『文藝』に挑戦した方が得策。それは生半可な道ではないでしょうが、カクヨムの様に経費が掛からぬコンテンツでは、是非ともチャレンジしておいて損はない。もし文藝へと辿り着くことができたなら、その時は既に規制など霧散しているはず。
そう思った次第です。
ならば『文藝』とは何か?ということになりますが、『文藝論』はおそらく巷に溢れているはず、私のような半端者が取り上げるまでもないでしょう。
それらを学び、お蔵入りしてる作品を復活させる。それが目下、私の目標です。
この考えが正しいのか誤りか、皆目解りません。しかし、ちょっと挑戦してみたいなあと、ふつふつしてきました。
このコラム、一旦休止して『真・握りたい勇者と渡さない美少女』の執筆に取り掛かってしまおうかっ! そんな思いが沸き上がってきちゃいまして!(←まだ取り掛かっていなかったのか?はい、スミマセンっ)
ただ。休止の前に、一つだけ寄り道したいとこがありまして。前々回の『宮崎駿な乙女のエロス』。これ、書いていてとても楽しかったんですよ。それで、宮崎駿のエロスを考えたならば、これに対する手塚治虫のエロスも考えないとなあ、そんなことを思い付いてしまったのです。
いや私、あまり漫画を読まないので手塚治虫のことなんて全然解っちゃいないのです。でも素人が素人なりにゴチャゴチャ考えてみて、皆様からお叱りやアドバイスを頂くというのも有意義だろうと。そう思った次第なのです。
というわけで。
次回は『手塚治虫なエロ世界!』に挑戦してみたいと思いますっ!
手塚治虫ファンの皆様っ、石は投げちゃだめですよっ!優しく♥️い・さ・め・て♥️
宜しくお願い致しますっ!
(つづく)
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