休校

 朝起きるとオセはまだ横のベッドで気持ちよさそうに寝ていた。どこかの制服のようなものをきているが、悪魔なのだから学校はないのだろうと起こさないでいた。


 いつものように朝の準備をして朝食を食べようとすると、オセを起こしてきなさいと母に言われ菊はもう一度部屋へと戻った。


 何度か肩を揺すっても起きないので布団を剥がしてなんとか起こす。昨日悪魔は寝なくてもいいのだなんだと豪語していたのは幻覚だったのだろうかと思いながら二人でリビングへと向かう。


 朝食を食べ支度が終わると菊はオセと一緒に学校へと向かった。母親に悪魔とか王戦の話をするのは流石に信じてもらえないだろうと思い、オセはそこらへんの女子高の生徒だという事にした。しかし、学校になど通っているわけはないので菊の登校についていく形になってしまっている。


「僕は学校にいきますけど、オセさんはどうするんですか?」


「私もついていくぞ」


「生徒じゃないのにどうするんですか、見つかったら怒られますよ」


「怒られるのも楽しそうだけど、私は見つからないよ」


 オセがなにを言っているのかわからなかったが、見つからないといいっているのだから、見つからないのだろうと菊は思った。ここ数日自分の中の現実がひっくり返るような事ばかり起こるせいで、オセが言ったことは大抵その通りになるのだろうと思うことにした。


「菊くん、おはよう」


 オセと並んで歩いていると不意に後ろから声をかけられた。菊は自分に話しかける人は学校内の生徒では一人しか心当たりがない。しかし、その一人も図書室以外では話しかけてくることはあまりないのでかなり驚いた。隣にオセが並んでいたということが一番大きな理由なのだが。


「あ! おはよう、杉宮さん」


 振り返り挨拶をすると、少し不安そうな顔をした香奈がいた。菊は隣にいるオセの姿を見てのことだろうと思い必死に弁解を始める。


「えっと、彼女は・・・、この前知り合って、さっきそこで偶然あってね」


 別に後ろめたい理由はないのだが焦って喋るせいで怪しくなってしまっている。


「なんのことを話してるの?」


 香奈は不思議そうな表情で首を傾げている。菊は自分の話のまとまりが無いせいでよく伝わっていないのだと思い、呼吸を整え改めて説明を始める。


「彼女はですね」


 そう言って横にいるはずのオセの方を向いたがそこには誰もいなかった。反対側か後ろにいるのかと思い、辺りを見回してみるもオセの姿は見えなかった。


「菊くん大丈夫?」


「あ、うん。 ごめんね変なこと言って」


 菊は、はははと作り笑いをして恥ずかしさを誤魔化した。オセが言っていたことはこういうことだったのかと、納得もしたが一体どう言った原理で見えないのかわからなかった。近くにいるのかさえわからない。


「今日の朝のニュース見た?」


「いや、今日はバタバタしてて見れてない」


「この前殺人鬼は殺されちゃったはずだよね」


「うん、そうだったね」


 菊の心がズキッと痛む。王戦の参加者同士という特殊な状況だったが、その話題が出ると精神が削られる感じがしてしまう。


「それがどうかしたの?」


「それが、殺人鬼はもう一人いたんだよ」


「どうゆうこと?」


「今度は港の倉庫で隣のクラスの子が殺されてたんだって」


 頭の中で昨日の映像が巻き戻っていく。


 昨日見ていたあの女子高生は隣のクラスの子だと菊は気がついていなかった。薄暗いということもあったが、そもそも隣のクラスの生徒の顔を覚えているほど交友関係が広いわけではなかった。おそらく顔をしっかりと見ても隣のクラスの生徒だとは気がつかないかもしれない。


「首を切られて出血死してたらしいよ。犯人らしき人物が自分で警察に通報したとか、全く理解できない状況だけど町中大騒ぎだって。学校も休みになるところが多いみたい」


「うちの学校はどうなんだろう」


「休みならいいのにね」


 そんな会話を交わしながら二人で学校へと向かう。菊と一緒にいたはずのオセはその間姿を見せることはなかった。


 学校に着くとほとんどの人が先ほどの話題について話をしていた。やはり、みじかな生徒が死んだというのはショックな出来事だった。なかには学校へ来てから知った生徒もいるらしく、彼女と仲の良かった生徒と思われる女子生徒の一人は、教室の隅で泣き崩れている。隣町で起きていた殺人事件はどこか他人事のように捉えていた生徒たちも今回はそうはいかないらしい。教室の中は軽いパニック状態になっていた。


 菊は自分の席に座ると、いつものように本を読みながら朝のホームルームが始まるのを待った。


 教室の中で、菊だけ落ち着いていた。事件の真相を知っているためだが、側から見るとかなり浮いている。しかし、教室内の生徒はそれを気にするほどの余裕は無いようだ。


 教室の騒がしさは収まる様子はなく担任の先生が教室へ入ってくるまで続いた。


「重要な連絡があるから、早く座れ」


 担任の先生が教室へ入って放った第一声は聴き慣れないものだった。それまで騒がしかった生徒たちもその空気を察してか、すぐに静かになり各々の席についた。


「もう知っている人も多いとは思うが隣のクラスの生徒が昨日亡くなった」


 クラス全員がすでに知っているらしく、それについて騒ぎ出すものはいなかった。泣き崩れていた女子生徒の鼻をすする音だけが聞こえている。


「非常に残念だが、今は詳しい状況はわかっていない。警察の調べでは他殺として捜査されているらしく、まだ犯人は逃亡を続けているとの知らせを受けた。そこで今日からしばらく安全を考慮し休校となった。事件の収集が着くまでは、必要最低限の外出でなるべく家で過ごすように。各自親御さんに迎えに来てもらうなどして安全に帰宅しなさい」


 それだけ言うと先生は教室を出て行ってしまった。


 再び教室内が騒がしくなり、すぐに帰ってしまう者もいれば親へ迎えの連絡を始める者もいた。


 菊はこのまま歩いて帰るつもりでいるが、香奈を送りながら帰ろうと考え声をかけるつもりでいた。


 香奈は携帯を捜査して誰かと連絡をとっている。


「杉宮さん、親が迎えにくるの? 歩いて帰るなら一緒に帰らない?」


 普段図書室以外で会話する事はあまり無いため、変に緊張していた菊は変な汗をかいていた。


「ごめんね菊くん迎えにくるみたい」


「そうなんだ、じゃあお先に」


「またね」


 菊は教室を後にして一人で帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る