参加者

 家から西に二、三キロほど。オセを自転車の後ろに乗せながら走った。普段からあまり運動をしない菊には少々きつい距離だった。


 ついた場所は海辺の倉庫。船着場の近くで、貨物船で運ばれてきたコンテナなどが並んでいる。そこから見える海は真っ黒で波の音だけが聞こえてきてかなり不気味だった。


 菊とオセは積み上げられたコンテナの隙間を縫うように進んでいった。


「何を見にきたんですか」


「他の王戦参加者をね」


「え!? 昨日みたいになるんですか」


「そんなに気を張らなくても大丈夫。 他の参加者同士の争いだと思うから」


 オセの話を聞いて怯えている菊とは対象にオセは何も気にしていない様子でどんどん歩いて行ってしまう。菊も置いていかれないように必死についていく。


「他の参加者がいるってわかるんですか?」


「能力を使っていれば察知ぐらいはできるよ。 誰かまではわからないけど」


「能力?」


 また新しいわからないことが出てきたと菊は頭を抱える。


「昨日のやつの透明化みたいなものだよ」


「あれはやっぱりなんかの力だったんだ」


 あの力に理由があったことを知り、安心している自分に違和感を覚える。おかしなことが立て続けに起こったせいで感覚が麻痺しているのだろうかと菊は思った。


「もしかして、僕にも?」


「当たり前だろ、それにもう使ったじゃないか」


「もう使った?」


 一体いつ自分が能力を使ったのか思い出してみた。何か変わった力を使った記憶を探る。数秒考えて菊は一つ気になることを思い出した。


「もしかして、あのナイフ?」


「そうだね、あれが私から菊に与える能力『望む姿へ』。 物を別の物に変えることができる能力だ。 その気になれば体も別の物に変えることができるけれど、慣れないうちは止めておいた方がいいよ元に戻せなくなるから」


「昨日は本をナイフに変えていたってことですか?」


「無意識のうちにできていたみたいだね。 自分を守るためかな」


 急に能力に目覚めたと言われても実感は沸かなかった。体にはなんの変化もないし、今能力を使えと言われてもできる気がしない。本の中の物語に出てくる超能力者などに憧れたことは何度もあったけれど、自分がその立場になってもあまり興奮はしなかった。物語の主人公のように人を守るために使った能力ではない。人の命を奪った能力だから。


「菊、静かに」


 急に後ろを振り返ったオセが口の前で人差し指を一本立てる。


 オセの真剣な表情に菊は改めて集中して神経を尖らせる。何が起こっても自分の命を守る対処ができるように構えておくのだ。


 菊はオセの手招きに従うまま、後ろについていくとオセが少し先を指差した。物陰に身を隠しながら顔だけを出してその先を確認する。


「追ってる男も追われてる女もどちらも参加者だと思う、よく見てて」


 菊の視界に映ったのは逃げ回る女子高生とそれを追いかける初老の男性。周りが暗いので正確にはわからないが、女子高生の方は菊と同じ高校の制服を来ていた。王戦でお互いが戦うという割には初老の男の方が一方的に追い回している感じだ。昨日の菊がそうされていたように。


 菊はしばらくその二人の動きを追うことにした。逃げる女子高生はただひたすら走っている何も考えず追ってくる恐怖から逃げている感じだった。それを追いかける初老の男は同じように走るのだが、途中何度か姿が消える瞬間があった。姿が消えるたび、女子高生の後ろに現れるのだ。おそらくそれが彼に与えられた能力で、瞬間移動に近しい物だろう。女子高生も何度か戦う姿勢を見せはするが、逃げることで精一杯らしく反撃に出る様子はない。数分間ほど逃げたのだろうか、女子高生の抵抗も虚しくつかまってしまった。菊のように能力を使えば逆転できるのかもしれないが、悲鳴をあげるだけで能力を使う余裕はないようだ。


「あの人は」


「死ぬだろうね」


「どうして」


「ん?」


「どうして、こんなことをしなければいけないんですか?」


「王を決めるためだって言わなかったっけ」


「そうじゃなくて、王を決めるために殺し合う必要があるんですか?」


「それは、これを始めたソロモン王に聞いてくれ。 会えるのはあの世でだろうけどね」


 楽しそうに笑うオセを見て、菊は自分の感覚がずれているのかと思った。しかし、そんなことはないのだろう。人の生き死ににここまで無関心になれるは、オセが悪魔だから。そう思うことにした。


「見てみな菊。 あれが昨日君がしたことだよ」


 笑顔のオセが指をさした方では、女子高生が初老の男にナイフを突きつけられていた。初老の男は女子高生の背中側から左手で顔を掴み、右手に持ったナイフを首元に突きつけている。菊が昨日能力を使って出したナイフより小さい、軍人が使っているようなナイフだった。


 男が左手にぐっと力を入れて女子高生の頭を上に上げさせると、ナイフで首筋を切り裂いた。無駄な動きは一切ない訓練されたような動きだと菊は思った。ナイフを突き刺すのではなく、首を鮮やかに撫でるように切り裂いた。遠くから眺めていたが、女子高生が着ている制服の白い部分が血で赤く染まっていくのが薄らと見えた。必死に抵抗していた女子高生もしばらく経つとぐったりと腕をおろし動かなくなった。


 菊は思わず目をそらす。あまりみていて気持ちの良い物ではない。


「ちゃんとみておきなよ菊。 あの男と殺しあうことになるかもしれないよ。 相当強そうだよ彼」


 オセは相変わらず楽しそうに女子高生が死んでいく様子をみている。


「僕にはできないと思います」


「人を殺すこと?」


「あの人たちみたいに殺人鬼には慣れません」


 昨日のように抵抗した結果ならまだしも、目の前の人のように躊躇いなく人を殺すことは自分にはできないと菊は思った。


「それはどうかな」


 悪戯っぽく笑うオセはさっきの二人をみている。菊もつられて見ると、予想外の光景が見えた。


 女子高生の首をナイフで切った男が女子高生を丁寧に寝かせている。仰向けで寝かせた腹の上で手を組ませて、まぶたを閉じさせた。そして、寝かせた女子高生の横に跪くと目を瞑り手をあわせた。その行動が菊には理解ができなかった。なんの躊躇いもなく人を殺すような人に死を悲しむ心があるとは思えなかったから。


「あの人は何をしてるんですか」


「君たちがいつもしてることでしょ」


「自分が殺した人をですか」


「彼もかなり面白い子だね」


 祈りを捧げ終わった男は携帯でどこかに電話すると、その携帯を海に投げ捨ててどこかへ消えてしまった。


「帰ろっか菊」


 満足そうに振り向くと自転車を置いてきた方に歩き出した。


「あの子はどうなるんですか」


「どうもならないでしょ死人は。 早く行かないとめんどくさい事になるから」


 どんどん歩いて行ってしまうオセを菊は追いかけた。またオセを自転車の後ろに乗せると今度は家に向けて走り出した。家に帰る途中にパトカーと救急車とすれ違った。菊は先ほどの男がどこに電話をしていたのかをそこで気がついた。そして、躊躇いなく人を殺すあの男が何故こんな事をするのかさらにわからなくなってしまった。


 家に帰ると、母親には外出がバレていて、二人で黙って菊の母に怒られるのだった。

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