罪
おかわり!」
「いい食いっぷりね」
オセは菊の母親から三回目のおかわりの皿を受け取ると、勢いよく胃に流し込んでいく。一体その小さい体のどこに入って言ってるのかと思ったが、自称悪魔なんだから問題はないのだろうと思い無駄なことを考えないことにした。
ご飯に夢中のオセに気がつかれないように、母親は菊に耳打ちをする。
「ちょっと菊、あんな可愛い子どこで捕まえたのよ」
「捕まえたって。 このあいだ、道で困ってた時に助けてもらっただけだよ」
菊はどのように説明するか少し悩んで、事実を言った。いろいろ省いてはいるが間違いではない。
「あんたパッとしないと思ってたけどやるじゃない」
母親はデザートを取りに行くと言って立ち上がると台所へ向かった。
オセは先ほどのおかわり分を平らげると、お茶を飲みながら一息付いている。
「オセさんよく食べれますね、さっきケーキも食べたのに」
「まだまだ腹半分と言ったところだな」
ところでと言ってオセは菊を睨んだ。
「さん付けはやめろ気持ち悪い」
「はい」
抜けない敬語にまた菊を睨むオセだったが、諦めたのかそれ以上は何も言わなかった。
「お待たせ、デザートのプリンよ」
「おぉ手作り!」
運ばれてきたプリンにオセは目を輝かせた。腹半分と言ったのは本当だったらしく、平気な顔でプリンを食べ始めた。
「菊のお父さんはどうしたんですか?」
オセは気になったことは躊躇なく質問できる性格だった。特に言いにくいことはないので、菊の母親も普通に答えた。
「うちの父さんは警察官をしているんだけど、今日は忙しいみたいでね。 なんでも、隣町であった殺人事件の捜査に駆り出されてるとか言ってたわ」
菊は今朝の教室のように心臓がドクンと大きく脈打つのが聞こえた。
「怖いですよね」
「そうね、早く犯人がつかまってくれればいいんだけれど」
オセが現れたことによって自分が犯人だと知っている菊は罪悪感に包まれていた。普段と変わらない顔で家族とご飯を食べていたが、昨日自らの手で人を殺しているのだ。菊の中でミシミシと音を立てながら壊れかけていた何かを現実から目を背けることで守っていた。しかし、今確実にそれが壊れる音がした。この音を聞いたのはこれで二度目だった。
このまま母親の前にいると耐えきれなくなりそうだったので、ご飯を食べ終わると食器を流しに入れてすぐに自分の部屋へと戻って行った。
「どうしたのかしら、菊」
「いろいろと緊張してるんじゃないですか」
デザートのプリンを食べながら、悪戯っぽい笑みを浮かべオセは笑った。
「ごめんね、あんなヘタレな息子で」
「いえいえ菊はやるときはやる男ですよ」
「あらそうなの?」
驚いたように笑って菊の前に置いてあったプリンをオセに渡した。
「これあの子に持って行ってもらえる?」
「任せてください」
自分の分のプリンを平らげると、オセは渡されたプリンを持って部屋を後にした。
一足先に部屋に戻った菊は布団に包まり苦悩していた。
「僕が、僕が、僕が、僕が・・・・・・」
昨日、岸丘の胸をナイフで貫いた右手を見て感触を思い出す。初めて感じた人を刺す感触。スーパーで売っている豚肉や牛肉を包丁で切るときとは違う、生きた肉を刃物で突き刺す感触。
「うっ!」
思わず先ほど食べた夕食を戻しそうになるが、なんとか堪えた。
故意ではなかった、岸丘に襲われたから仕方なく刺した。ただ、そんなものは法律というルールの上で裁かれた時に罪を決める材料となる些細なこと。岸丘大という一人の男の命を奪ったことに変わりはない。右手に持ったナイフで一突き。ただそれだけで、人が一人死ぬのだ。
コンコンとドアがノックされて、オセが部屋へと入ってくる。菊にと渡されたプリンを食べながら部屋へ入るとベッドの横に立った。
「何をそんなに悩んでる」
菊が寝ているベッドの脇に腰掛ける。
「僕は人を殺したんだ。 命を奪ったんだよ」
まるで自分に言い聞かせるかのように答える。
「それはもう吹っ切れたんじゃないのか」
「いや、ただ目を背けていただけだよ」
菊は布団の中で体をギュッと縮こませる。
「善人を殺したというのなら悩んでもいいのかもしれないが、昨日菊が殺した奴は間違いなく悪人だったじゃないか。 むしろ君は誇るべきじゃないかな、世界とまでは行かなくてもこの街を平和にしたんだ。次の犠牲者が出る前に君が止めたんだよ」
「そんなの関係ないです」
布団に包まったまま顔も出そうとはしない。
そんな菊を見ながら、特に助けの手を差し伸べようともせずにプリンをすくう。
「西に数キロ」
静かな部屋でオセがぽつりと呟いた。
「何か言いました?」
よく聞こえなかった菊は何を行ったのか聞いたが、答えてはくれなかった。
「菊、出かけるぞ」
「出かけるってどこにですか」
「こっから西の方に」
「海しかありませんよ」
「いいじゃないか海」
行く気はなかった菊だが、オセに無理やり布団をはぎ取られ渋々外出を決める。
「こんな時間に行っても何もないと思うんですが」
机の脇に置いてあるデジタル時計に目をやると、午後の八時を示している。窓から見える景色も真っ暗だった。
「こんな時間だからこそ見られるものもあるんだよ」
「?」
母親に見つからないように静かに玄関から外に出た。あんな事件があったのだから夜遅くに外出など許可してくれるはずがないと考えたからだ。しかし、あの事件の犯人は自分自身だからその件は問題ないと一瞬だが頭をよぎってまた気分が沈んでしまった。
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