幕間

妖精と妖精王

 魔王城、最上客間。

 戦が終わり、後処理も一段落といった頃合い。絢爛豪華な調度品で飾られた一室では、今後の方針を決める重要な対話が行われていた。


「改めて、この度はお力添えいただきまして誠に有難うございました」

「全く構わないわ」


 テーブルの入り口側。あえて質素に作られた椅子に座って頭を下げるのは魔王軍参謀。一先ず形式的な挨拶から入り相手の様子を伺う彼の隣では、部下の妖精が真面目な表情で共に頭を下げている。

 そんな友人の振る舞いに猛烈な違和感を覚えつつ、手振りで頭を上げるよう促したのは妖精王。今日の予定はこの面会のみであるにも関わらず最上級の礼装で対話に臨むその姿は、妖精としての活発さを忘れてしまう程に美しく纏まっている。


「幻想界と現界は互い無くして存在できない。親しき友人には手を差し伸べるべき、違うかしら?」

「は。仰る通りです」

「今後の関係性を鑑みても、王自らが前線に出るのは当然の事よ!」


 言って、妖精王は得意気に胸を張る。

 さも見返りなど求めていないかのように振る舞う王を、紫髪の妖精は胡散臭い物を見るような目でじっと眺めた。


「活殺自在、快刀乱麻――まさに幻想の王たる戦いぶりだったと聞き及んでおります」

「ええ。自分で言うのも何だけど、十分に役割を果たせたと思うわ」

「はい。落星の百師と謳われたその絶技の数々。拝見した私の部下も強く感銘を受けた様子でした」

「えへへ、そうかしら。ま、まぁ? 私の力もあったけれど? 全体としては部下達がよくやってくれたから形になったのよ。うん、うん」


 男の言葉を受け、身を捩りながら両手で頬に触れて照れる妖精王。

 上機嫌な彼女を冷たい目で見ていた紫髪の妖精だったが、王が照れ隠しで放った一言に反応し、しめたとばかりに大きく口を歪める。

 男はそれに呼応するように頷き、口を開いた。


「ええ、彼女達の活躍も見事なものでした。それで、その部下について一つお話がありまして……」

「はぇ? 部下? ……ススイ達の事かしら」

「はい。そのススイ殿です。事前に仰られていた通り、海戦に長け、判断鋭く、部下からの信頼も厚い。防衛指揮官として非の打ち所の無い素晴らしい人材でした」

「え、ええ……そうね……? 彼女はイ族の中でも特に戦勘が鋭いのよ」

「魔王様とも相談したのですが、彼女を客将としてお招きできれば、と考えておりまして」

「え、ええと……? それは構わないわ。本人に直接意志を確認してくれれば……」


 想定していた流れにならない事を疑問に思いながらも、妖精王は男からの申し出に頷いた。

 話が読めないが、現界に有能な仲間が増えるのは今後の動きからしても確実にプラスに働くだろう。今回の戦いを皮切りに、幻想界と現界の連合軍は大きく躍進するのだから。


「有難うございます。この件はススイ殿から打診があった事ですので、問題無く話が進むかと。そして、それによりタイタニア様には幻想界へと引き上げていただく事が可能になります」

「ん……はっ!?!? ち、ちょっと待って、話が変な方向に向かってないかしら!?」

「……ププッ」


 急激に雲行きが怪しくなっていくのを感じ取り、妖精王は声を張る。焦りを隠しながら斜め向いに目をやると、そこには同郷の友人が笑いを堪え切れず震えている姿。

 射殺すような視線を送った後、意識を切り替えて正面へと向き直る。


「海岸防衛の指揮官って私になるって話だったわよね……? 私、しっかり活躍してたわよね!?」

「はい。ですが魔王様は、やはり世界主様を一将としてお招きするのは長期的に見て問題が多いのではないかとお考えのようです。そもそも、タイタニア様ご自身が顔合わせの時にも仰られておりましたが、今回の件には幻想樹も否定的だったのですよね? あの時は緊急故にこちらも押し通すつもりでしたが、ススイ殿を客将としてお招きできるのであればその問題も解決します。タイタニア様の御手を煩わせる事も無くなり、双方に利のある落とし所になったかと」

「魔王殿がそう言ってたの!? まさか、ススイもこのために……!? や、やられた。これは裏切りよ!」

「……」

「どうして頭なんか下げて……え? ゴリ押しするつもり……? もう決定なの!?」


 焦る妖精王が大袈裟に噛み付くと、参謀は静かに平伏した。その有無を言わさぬ堂々とした振る舞いからは、魔王の指示をなんとしても遂行しようという鉄の意思を感じる。思えば、上司の指示には逆らわぬ男だった。

 立場上、更に文句を言って詰め寄る事も可能だが、相手からの心象を悪くしたくない妖精王はここで強く踏み込む事ができない。

 奥歯を噛み締めつつ、王は苦し紛れの一撃を放つ。


「…………けど、少なくともナトトと交代する余地はあるんじゃないかしら」

「ひひひ…………えっ?」

「ナトトは一族からはともかく幻想樹には既に認められているわ。私と入れ替わりで戻っても幻想界的には問題ない。寧ろ、力劣る妖精が代表面して現界にいる事の方が幻想樹からは問題視されるでしょうね。今一度力比べをして、両者の実力を再度確かめてみるのはどうかしら? それで、勝った方が残れば良い」

「ふむ…………成る程、一理ありますな」

「!?」


 無論、元の身分をほぼ失っているナトトが王として君臨するには数多くの問題があり、これは決して現実的な提案ではない。妖精王としても本気で発言した訳ではなく、ニタニタと余裕そうに笑う友人にケチをつけたかっただけなのだが……意外にもこのラッキーパンチがヒットした。

 友人をただ笑ってやるつもりで気楽に同伴していた紫髪の妖精は、まさかの飛び火に上司を仰ぎ見て目を見開く。


「お、お待ち下さい! その女……タイタニア様とは既に格付けが済んでおります。日夜行われた連戦での結果ゆえ、何度試そうと結果は易易と覆るものではありません!」

「ほう、そこまで自信があるか。では尚更構わんだろう? お前の実力に不満がある訳ではないが、それでタイタニア様がご納得されるのであればこの提案は受けるべきだ」

「ぐっ……し、しかしぃ……」


 馬鹿げた条件にも関わらず興味本位で王に肯定し始めた上司の表情を見て、妖精は押し黙る。これは確実に悪ノリしている時の顔だ。

 真面目に仕事をこなしながらも、好奇心には素直に従う。妖精よりもよほど妖精らしい行動選択。普段は堅物で実直な彼がこのように時折見せる子供のような振る舞いは、魔の王から引き継いだ性質の一つだ。その確かな童心は、いつだって幻想の住人を強く惹きつける。


「ふ、ふふ……! やったわ、ついにナトトを出し抜いたわ! あれから私も技に磨きをかけたのよ。久しぶりに昔を思い出しながら槍を合わせようじゃないの!」

「だから私に武術で勝っても意味無いって! 幻術こそが私達に求められてる資質なんだから! ですよねっ!?」

「当時はそうだった。だが、他も優れているに越した事はないだろう」

「聞いたっ!? これは決まったかしら。悪いわね、ナトト。今後貴女がやりたかったこと、私が全部やっておいてあげるわ。でも安心して? 最後にはちゃんと連れて帰るから!」

「ひ…………っひ……ヒヒ……ヒヒヒヒィー!!」


 参謀に同意を求めるも半笑いで突き放された妖精は、暫くショックを受けて固まっていたが、続く友人からの煽りには耐えきれず立ち上がって笑い出した。

 その目に宿るのは等しく狂気。一切の敵を消し去り、幻想界で禁忌と言われた実験を成し遂げた異端者の面影だ。


「よく言ったッ! お転婆女王がよく言った! 突き落とすッ! 絶対に後悔させてやる! まずは尊厳ッ! 幻術にかかったら裸踊り決定っ!!」

「な……なーーーっ!? ちょ、ちょっと待ちなさい!? 一旦落ち着きましょう! ね? 座って?」

「イヒヒ! 恩人の前でここまで言われて今更引くなんてありえないッ! 道連れ上等! 無理心中上等っ! むっつり王女め、一生嫁入り出来ない身体にしてやる! アハハハハハハッ!!!」

「いやーっ!?」

「まぁ……程々にな」


 この日、闘技場を貸し切って行われた世にも珍しい妖精同士の力比べは、妖精王の強い要望もあって全く後世に語り継がれる事なく歴史から抹消された。


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