魔界上陸作戦:司令室

「では、いってきます」

「ああ……武運を」


 大城塞マーレ・カーネの司令室で、指揮官のネレイド・ティードマンは足早に去っていった勇者を見送った姿勢のまま大きく息を吐いた。


 遠方に浮かぶ巨大な火球が城塞の大きさと並んだのが先刻。結界で防ぐ事ができるのかを魔術師に計算させようとしたところで、勇者シュウが司令室に現れた。決戦に間に合うか分からないと聞いていた強力な援軍が早期に到着した事にネレイドは手を叩いて喜び、急いで現状を報告した。

 切り札の投入は慎重に行う必要がある。勇者には一旦休養を兼ねて待機してもらうつもりだったのだが、彼はもう一人の勇者が合流しているかを指揮官に問い、それがまだである事を伝えられるとすぐに飛び出して行った。

 王都の式典で見た時とは全く異なった形相と余裕の無い言葉遣いはまるで別人。じっと窓越しに戦場を見ていたその瞳からは強い覚悟が窺えた。


「シュウ殿は怪鳥を駆る。今からだと彼の接敵は輸送船団とほぼ同時になるだろう。城塞全体の魔力残量はどうだ?」


 司令室の後方に設置されている操作盤。そこに並んでいる二人の魔術師のうち、計測を担当している男性へと指揮官が問いかける。魔術師は台の上に置かれた球体の魔道具に魔力を通すと、そこから情報を読み取って頷いた。


「はっ。魔力残量は……総量の六割以上です。十分に余裕があるかと」

「なんと……そんなにも余裕があるか。流石は――。……よし、次は最大威力での砲撃を行う。リミッターを一部外せ。シュウ殿の突入に合わせて、速やかに周囲の魔族を排除できるよう援護するんだ」

「はっ! 砲台の第一リミッター解除。魔力弁を全開。砲台への魔力装填を開始します!」


 もう一人、設備操作を担当している女魔術師が声を張り、操作盤に触れる。城塞に張り巡らされた配管を通って大量の魔力が地下から上部へと吸い上げられ、建物全体が鈍く振動し、壁と床が仄かに熱を持つ。

 もう何度目になるだろうか、砲台に魔力を充填する一連の動作。リミッターを解除したため最大までチャージするのには多少の時間が必要になるだろうが、それでも勇者の突入には間に合うだろう。最も重要なのは発射のタイミングだ。ここからは一つのミスが作戦の成否に影響し兼ねない。


 指揮官が集中のため深呼吸を行った所で、ふと、天井の魔力灯が消灯した。


「……何だ? どうした?」

「は……魔力弁を全開にした事で、一時的に砲台以外の施設への魔力供給が不安定になっているようです。でも、どうして……?」


 設備操作担当の女魔術師が不安な表情で答える。計算上ありえない想定外の動きに、震える手で棒状の魔道具を撫でるも状況は変わらない。


「そんな事があるのか……? 魔力量には本当に余裕があるんだろうな!」

「はっ。現在で五割強です。全く問題ありません」


 疑問に思った指揮官の問いに、計測担当の男魔術師は至って冷静に答える。自身の眼を絶対的に信用しているような力強いその言葉を受け、軽い混乱状態にあった司令室はやや落ち着きを取り戻した。

 今の状況が全て予定調和であるかのように振る舞う男魔術師は、上官に向けて更に言葉を続ける。


「ですが、このままでは勇者様の突入に間に合わない可能性があります。魔力量には十分に余裕がありますので、追加で予備の搬出ポンプを動作させ、更に強く魔力を吸い上げるべきだと具申します」

「うむ……勇者殿の突入には確実に間に合わせたい。分かった、予備のポンプを動作させてくれ。ただし、魔力残量が二割を切った時はすぐに報告しろ。絶対にマーレ・カーネの魔力を枯渇させてはならん」

「はっ! 魔力槽より強制的に魔力を搬出します……第五、第六ポンプ動作!」


 歯車が回るような動作音が鳴り響き、再び各施設へと魔力の供給が開始される。配管が通っている壁越しに伝わる熱が更に高まり、砲台の魔力充足度を示す表示板が徐々に光で満ちていく。正常な動きを見せ始めた設備に、指揮官は安堵して短く息を吐いた。

 この正念場でトラブルなど笑えない。いくら天才と謳われた祖父の作品でも、半世紀という長い年月を稼働させれば各部のメンテナンスが必要になるのだろう。今から少しの時間、数刻だけ持ってくれれればいい。作戦の終了次第、大規模な点検を実施しよう。

 祖父や父には止められていたが、祖母と実際に会って話をしてみたいという気持ちは幼少期から強く持っている。今回の点検でそれが叶えば――。


 ネレイドは額の汗を拭いながら、自らを落ち着かせるように作戦後の事を考えていた。



 ――しかし、その思考はすぐに現実へと引き戻される事となる。


 再び司令室の照明が落ちる。

 それだけではない。開戦してから常に振動を続けていた建物全体がぴたりと停止し、強固に要塞を守っていた半透明の結界までもが徐々にその力を失い消滅する。

 まるで魔力が枯渇したかのような動き。だが、その残量には十分に気を配っていた筈である。魔力槽の状態を観測する専門の魔術師さえ配置していたのだ、こんな状況は有り得ない。

 設備の操作をしていた魔術師が各設備を停止させたという可能性もあるが、彼女は魔術学院トップの娘である。操作ミスはおろか、国への離叛なども考え辛い。


「どうした! 何があった!?」

「は……はっ! それが、何故か全設備の動作が停止しまして、操作盤も消灯して反応せず……再起動の操作も受け付けない状態で……!」

「くそっ! 一体何が……魔力量はどうなっている!」

「…………」

「……? マーク上等魔術兵!? どうした、報告しろ!」


 考え込むような素振りを見せる男魔術師と、食ってかかる指揮官。

 そんな中、二人の間に割って入るようにして小さな人影が空間を歪ませて現れた。


「じゃーん! とうちゃーく!」


 黒い靄から出てきたのは一体の妖精。人類を裏切り魔族と手を組んだ幻想の住人。エルフと同様に、魔界が縮小した現在では滅多に見る事のできない種族である。

 ネレイドも、この場では最年長である彼の秘書でさえも、実際に目にしたのは初めてだった。


「フェアリー、なのか……? て、敵襲! 敵襲ーッ!」

「うわわっ! なになに!? やめてよ! 攻撃しないでっ!? わたし仲間だよ! このお城の地下にいたお婆さんと今まで一緒にいたの!」

「何を……はぁ!?」


 一斉に投射される魔術をギリギリで回避しつつ、妖精は叫ぶように声を発する。その内容に眉を顰めたネレイドは、腕を真横に上げて部下達の攻撃を制止した。本来侵入者を前に容赦する性分ではないが、妖精自身から殺気が感じられなかったのが大きい。

 仮に彼女が友好的な妖精だった場合、一方的に殺めてしまうのはあまりにも非道であるし、もし急に暴れられたとしてもこの場にいる軍人が一斉にかかればすぐに無力化できるだろうと思った。話を聞く価値は十分にある。


「……どういう、事だ?」

「ええっと、あなたが指揮官さん? あのね、ここの地下深くに、あなたのお婆さんがいるのは知ってる?」

「……ッ……何故だ。そこにフェアリーがいるなんて聞いていない」


 全員が息を呑み、静寂に包まれる室内に妖精の言葉が響く。その突拍子もない内容に、誰もが戸惑った様子で指揮官に目を向けた。

 一瞬驚いたように目を見開いた指揮官は、すぐに眉を顰めて妖精を睨みつける。しかし、その発言は疑いようもなく肯定を示していた。


「知ってるのね! わたし、その人からこれを預かってきたの。緊急事態なんだって!」

「これは……」


 妖精の小さな手で差し出された物品。それを見た瞬間、ネレイド・ティードマンの思考は一時空白になった。

 手渡されたのは日記と写真。日記の表紙には歴史から抹消された筈の祖母ユリア・ティードマンの名が。写真には奇才と謳われた祖父グラス・ティードマンと共に美しい女性の姿が写っている。

 手渡された写真の中で笑う祖父は間違いなく本物、かつ自分が見た事の無い表情だった。実家にすら存在しなかった祖父の遺品を手にして、ネレイドは言葉を紡ぐ事ができない。


 祖母と共に長年地下に居たのが事実であれば、このフェアリーは人類と亜人が敵対する以前の個体という事になる。ユリアから貴重品を預かり、直接伝言を頼まれている事からも信頼性は高く見えた。


「それでね? あなたのお婆さんから伝言があるの!」

「……続けてくれ」

「『これ以上は持たない。今すぐに砲撃を止めて欲しい』だってさ!」

「……ッ!? 何故だっ……! 魔力の残量には常に注意を…………くそ、砲撃は中止だ! 魔力弁を閉じろ! 急げッ!!」


 フェアリーの言葉を受け、ネレイドが声を荒げて指示を出す。

 大城塞マーレ・カーネは根本の魔力槽――ユリア・ティードマンを失えば終わりだ。この作品は外部からの魔力供給を想定されておらず、一度停止してしまえば再稼働は不可能に近い。

 仮に今回の進軍に成功して人類が魔界に上陸できたとして、後方から強力に支援できる拠点が無ければその地点を維持する事はできない。船団による一斉攻勢も元を辿れば城塞を破壊させないための手段であり、この城塞を失えば勢いを取り戻しつつある闇の眷属は今度こそ大陸へと侵略を開始するだろう。絶対に阻止しなければならない絶望の歴史が繰り返されてしまう。


 そんな最悪の想定に指揮官が歯嚙みした所で、今まで無垢な表情をしていたフェアリーが急に口元を隠して震え始めた。


「……っ…………ププッ! ひ、ひひ……! も、もうだめ……ひひひっ、アハハハハハハハッ!! もう無理! 我慢の限界っ!!」

「っ!? 何だっ、何がおかしい!?」

「無駄っ! 無駄だよ指揮官さん! 意味がない! ついでに幻術の耐性もないっ!」

「無駄……? おい、どういう意味だ! 祖母は今どうなっている!」

「プクク……! いひひひひひひひっ!! 聞きたい? 聞きたい? お婆さんはね? お婆さんはねえ――、」


 だらしなく笑いながら語るフェアリーはここで一息つき、目元と口を限界まで歪ませて口を開いた。


「――死んだよ? さっき指揮官さんの指示で。あははっ! 馬鹿な孫に力を奪い尽くされて、惨めに丸まったまま動かなくなっちゃった! 自分の子孫に殺されるってどんな気持ちなんだろうねえ!? きひひひひっ! かわいそう! かわいそう! あははははははははっ!!」

「……はっ!? な、なっ……そ、そんな訳がない! 黙れえっ!」

「ヒヒヒ! 同族殺し……いや、先祖殺しかな? 私と友達になれるかも! 気分はどう? もちろん最高だよねえ! キャハハ! 殺した殺した! 殺したんだ!」

「やめろッ!! 黙れと言っている!」


 フェアリーの煽るような物言いを受け、ネレイドは怒りに任せて腰の長剣を振り抜いた。鋭い金属音と共に衝撃波が発生し、魔力を伴った斬撃が少女へと高速で迫る。

 彼女は自身に向けて飛来するそれを、光の中から取り出した短剣で弾いた。


「うわっと! うひひひひ!」


 人類と敵対していないというフェアリーは、味方であるはずのネレイドから攻撃を受けたにも拘わらず全く動揺しなかった。彼女はただ淡々と武器を取り出し、振るい、再び仕舞っただけだ。


 その落ち着いた反応が、大きく歪められた口元が、狂気を含んだ瞳が、徐々に指揮官の疑心を強めていく。

 このフェアリーは祖母から伝言を聞き、日記と写真を預かり受け、攻撃しても反撃してくるどころか文句も言ってこない。しかし、そのどれもが直接的に味方であるという確証にはなっていない。信用できない。

 祖母が死んだと悪質な嘘をつき、こちらの動揺を誘っている可能性だって十分にある。


「フェアリー、貴様の話は……有り得ない。魔力量は確かに余裕があった。マーク上等魔術兵、今の魔力残量を報告しろ!」

「……さぁ、よく分かりません」

「……は? 何をふざけて……いや、待て。まず前提がおかしい。砲台にチャージした時には十分な魔力量があったんだ。……そうだ、チャージ……! 今、途中まで砲台に充填した魔力を逆流させるんだ! そうすれば仮にフェアリーの言っている事が本当だとしても、まだ取返しがつく……!」

「失礼する! 何があった!?」


 指揮官が混乱しつつも思考していると、司令室の扉が勢いよく開かれた。

 異常を察知して飛び込んできたのは線の細い男。長物のローブに杖を持ち、肩で息をしている精霊術師のボーダーだ。


「……くっ、フェアリーの襲撃か! ≪水が生を分かつヴァダ・ディライン≫……!」


 精霊術師は妖精の姿を確認すると、即座に杖に水の刃を付与し、その背中に向けて斬りかかった。しかし、水飛沫を上げながら迫る刃は相手を切断する寸前で、横から差し込まれた剣によって受け止められる。

 驚愕するボーダーが剣の主へと視線を向けると、フェアリーのすぐ側には計測を担当していた男魔術師が立っていた。その手に持っているのは漆黒の長剣。両手持ちした杖に体重をかけて押し込んでいるにも拘わらず微動だにしない驚くべき力に、ボーダーは歯を食いしばって対抗した。


「なっ……誰だ! こいつも侵入者か!?」

「……体が勝手に動くんだ。この剣が、急に僕の手の中に現れて……」

「元の意識があるのか……チッ、殺す訳にもいかん! 誰か、この男を取り押さえて――ッ?」


 一瞬だった。様子のおかしい魔術師の男と鍔迫り合いをしている精霊術師の胸に、目にも止まらぬ速度で紫の妖精がぶつかった。ニタニタと品無く笑うその手には短剣の柄が握られており、既に刃の殆どが体内に刺し込まれている。毒でも塗られていたか、傷口からは緑の液体が滲んでいた。


「ボーダー殿っ!」

「グ……クソッ、侮った! 相棒さえいれば……、ここは引かせてもらう!」

「ひひ? ひひひ? 引く? そんなの許すわけ……って、うわ! あぶなっ!」


 傷を負い、部屋から出ようとするボーダーに追撃するべく妖精は光の中から小剣を取り出したが、そこに多数の軍人による攻撃が飛んでくる。指揮官の指示もあり各々が手を止めて混乱していた軍人達だったが、味方であるボーダーが直接攻撃を受けたのを見てフェアリーを敵だと断定し、我に返って動き始めた。

 妖精が空中でたたらを踏んでいる隙を突き、精霊術師は入ってきた扉から逃走する。今も城塞の外で潮の流れを操っている水の精霊と合流しに向かったのだろう。

 状況を飲み込んだネレイドは、苦い顔で男魔術師に剣の切っ先を向けて周囲の部下に指示を出した。


「総員。あの妖精と……マーク上等魔術兵を攻撃しろ」

「し、指揮官!? マーク先輩は操られているだけで……! ……っ、了解、しました……」


 上司からの非情な指示を受け、操作盤の前にいた女魔術師は咄嗟に反発したが、少しの葛藤の後に短杖を構えた。

 いつの間にか現れた漆黒の剣により、隣で計測を担当していた男魔術師――マークは体の自由を奪われている。見るのもおぞましい邪悪な色を放つ長剣は空間を歪ませる程に大きな魔力を溜め込んでいるが、その剣を持たされている彼の自我は未だ残っているらしく、剣を持っている右手を左手で抑え抵抗している様子が窺える。が、その拮抗が崩れた瞬間に大きな被害が出るのは明らかだ。

 仲間を手にかけるのは気が進まないが、甘い選択ができる状況でもない。


「ごめんなさい、マーク先輩。私……」

「……なぜこちらを見る? こいつはまだ正気だぞ? 仲間に手を掛けるのか?」

「待ってくれ! 君は城塞の設備を操作して砲台残っている魔力を逆流させてもらいたい! フェアリーとマーク上等魔術兵はこちらで何とかするから、頼む!」

「! わ、わかりましたっ!」


 悲痛な表情で覚悟を決めた女魔術師に、指揮官から声がかかる。彼女がはっとして背後を見ると、そこには再び光が灯っている操作盤があった。先程は光を失って操作を受け付けない様子だったが、この状態なら砲台側にある魔力を城塞の魔力槽へと逆流させる事も可能だろう。

 室内の各場所から弾幕のように飛来する魔術が妖精を追い回し、漆黒の剣はマーク本人が抑えている。今がチャンスだ。


 仲間を殺めるという苦しい選択から逃げるように後ろを向いた彼女は、操作盤へと近づいて手を伸ばす。

 細い指が一つのボタンに触れた瞬間――視点が斜めにずれた。


「馬鹿か、貴様等」


 落下しながら回転していく視界。剣を持つ男、首を失った女の体、天井にまで届く血飛沫、力の入らない体、遠くで自分の名を呼ぶ声。それらが意味するものは何か。

 思考する彼女に、理解よりも先に終わりがやってきた。


 出来上がった遺体を見下ろし、血の滴る剣を構える男に焦りや怯えは無い。その瞳にあるのは蔑みと嘲笑だけだ。


「幻術で思考に介入しているとはいえ、判断の悉くがお粗末に過ぎる。こんな奴らに圧されているのか? 私達は」

「幻術のゲの字も知らないの。ふしぎふしぎ! にゃは」

「まぁ、私の正体が見抜かれなかった時点で分かり切っていた事だがな」


 仲間の首を跳ねた男魔術師は、さも当然のように妖精と会話を始める。

 つい先程まで確かに自分の部下であった筈の男の変化に唖然としながらも、ネレイドは目の前で殺された部下の名を叫んだ。


「シャーレ! シャーレッ! ……クソッ! マーク上等魔術兵、お前、何をしたか分かっているのか!?」

「マーク? ……ああ、この男の名か。無論、本人はとうに死んでいる。私は私だ」

「な……っ!? 変装……いや、変身、か? この精度、こんな事が…………クッ、全員、こいつらを殺せ!」

「アハハ! 無駄無駄! あー面白かった! もういいよね? みんなに夢を見せてあげる!」

「いや、待て。ここは私がやる。少しでも報告書の文章量を増やして参謀様にアピールを――」

「えい、っと」


 男魔術師が――男魔術師の姿をした者が制止の言葉をかけるのを無視して、妖精は一本の笛を取り出した。それを吹くでもなく先端をふらふらと踊らせると、室内は一瞬にして幻想に包まれる。

 そこは豊かな自然に囲まれた街道。天まで届く巨大な樹木に守られた美しい世界。

 鉄は石に、武器は花に、緊張は童心へと形を変え、室内が混乱で満ちる。軍人達は明後日の方向に攻撃を繰り返し、流れ弾が設備と人体を破壊する。


 長きに渡り、妖精は光の眷属として人間と手を組んできた。完全に人類と敵対したのは何十年も前の事であり、今となっては幻惑への耐性を持つ人間は極端に少ない。

 室内で妖精と対峙した際、初手で部屋ごと焼き払わなかったのが経験不足の証であった。一度でも妖精と命のやり取りをした事のある者は、その際の犠牲を躊躇わない。最早勝負は決したと言っていいだろう。


 様々な魔術が入り乱れる室内を見て笛を下ろした妖精は、男魔術師の姿をしている仲間に振り向いてニタニタと下衆た笑みを零した。


「司令室の制圧をしたのは私、と。ひひひ、お手柄お手柄! 大して役に立ってないエリゼさんは残念だねえ? 悔しいねえ!?」

「チイッ……!」


 妖精の勝ち誇るような仕草を見た男魔術師――エリゼフィーナは咄嗟に剣を持つ手に力を入れたが、流石にそれを振るう事は自制した。感情に任せて同士討ちを行っては功績どころの話ではない。


「何か、何か手柄になりそうな事は……っ! そうだ!」


 何やらメモを取り始めた妖精を尻目に、焦る彼女は操作盤へと駆け寄った。僅かに光る操作部に手を触れ、そこから情報を読み取って口を大きく歪める。


「……ククク、これだ! ハァーーッハッハ!」

「え? なに、気でも狂った? 狂ったね? 報告書に書いておいてあげる!」

「違う。大きな功績を挙げる方法を思いついたのだ。お前は精々その小さな戦果で満足し、参謀様に鼻で笑われるがいい」

「エリゼの気が狂った、と。メモメモ」

「抜かせ。……魔力リンク良し、砲塔動作良し、視界良し。全リミッターを解除!」


 エリゼフィーナが操作盤に魔力を通すと、甲高い動作音が建物内に鳴り響き、城塞上部が大きく振動しながら砲撃動作を開始する。最大火力には及ばないが、通常の砲撃よりは高い威力となるであろう十分な量の魔力が残っている。

 あとは操作一つ行えば、人工の雷が着弾地点とその周囲を消し去るだろう。


「目標――崖際で余計な事をしている水の小精霊。マーレ・カーネの全魔力を投じ、ユリ・リカを発射する!」


 誰が聞いている訳でもないが、彼女はここ数日で覚えてしまった砲撃プロセスを几帳面になぞってみせる。

 目前に迫った華々しい未来を幻視して笑みを零すその狂った瞳は、邪教の狂信者を思わせた。


「手柄は、私のものだああああああああああああああああっ!!」


 ありったけの力を込められた狂信者の拳が操作盤に叩きつけられ――



 ――瞬間、世界が白に塗り潰された。



 限界角度まで下げられた砲身から溢れた光は見る者の目を焼きながら斜め下へと投射され、息も絶え絶えに相方と合流した精霊術師と水の精霊を蒸発させながら大陸北端の崖へと着弾した。














――――



【要約】


お婆ちゃん「魔力無くなってきた……節約してクレメンス」

男魔術師(エリゼフィーナ)「魔力余裕っスよ(大嘘)」

指揮官「祖母すげぇ!全力砲撃したろ!」

お婆ちゃん「」

鬼畜妖精「死んで草」

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