叛逆者エリゼフィーナ

「こちらが水の都に潜入していた際に入手した物品です。十分に時間をかけて全力で選定致しました。お気に召される物があれば良いのですが……」

「……ああ」


 宝石、調度品、アクセサリー、焼き菓子、絵画、食器――数々の品が執務室の机に並べられ、その光景を見た男は瞳から光を失わせつつも首肯した。


 目の前でソファから乗り出すようにして座っているのは、先程面会した妖精と組ませている人間の女性。艶やかな金の長髪が顔にかかる事も厭わず、前傾姿勢のままじっとこちらの反応を待っている。

 今はいつもの重鎧ではなく革鎧を着用しているが、城下町の換金所で発見されたという彼女は直前まで重鎧を着込んで武装していたらしい。上司と面談するにあたって軽装に着替えたようだが、それでも鎧を着込んでいるのは人間という種族の臆病さ故だろうか。


「これは……聖女か」


 毎回土産と称して献上される大量の物品を眺めていると、ふと最近見たばかりの顔が目についた。手紙サイズの小さな上質紙に一人の少女が描かれている。どこか神聖さが漂う不吉な品だ。


「はい、教会公認の肖像画です。使用用途は不明ですが、都の民達はこれを有り難がって買い求めておりました」

「それはなんとも……悪趣味な話だな」

「はい。しかし踏み絵には丁度良いかと。奴隷にでも踏ませましょうか」

「いや、いい。これは資料室にでも回しておこう」


 採掘所等で労働させている奴隷達は確かに人間だが、虐げられながら日々を過ごしている彼らにも希望は必要だ。たとえそれが既に穢れていたとしても、縋るものがある方が精神的に安定し扱いやすくなる。根本的に脆弱であるために反乱の危険も無い。

 例外として、目の前の女性だけは人間――光の眷属であるまま魔界で高い立場を持っているが、離叛した際には自動的に死に至るよう自らに呪いまでかけているその忠誠心は確かなものである。わざわざ聖女の絵を踏ませる必要もない。

 それに、聖女は近日中に代替わりする可能性が高く、この肖像画が踏み絵として利用できる期間も長くないだろう。


「水の都の物は二度と手に入らない貴重品だ。これらは有難く頂いておこう」

「はっ。恩義に僅かでも報いられた事、心より感謝します」


 男が並べられた土産物の受け取りを了承すると、鎧姿の女性は平伏して感謝を述べた。

 毎度の事にはなるが、寄贈した側が頭を下げているというのはやや違和感を覚える光景だ。この調子で物品を受け取っていては私室の他に倉庫を買わなければならなくなるため、男は貢物を止めても良いと前々から伝えているのだが、どうにも相手にとっては重要な事柄らしく言っても聞かない。最近は言うのも面倒になってきたので黙って好きにさせていた。

 モチベーションの保ち方は人それぞれだ。いくら上司といえど口出しできる領域ではないし、すべきでもない。与えた任務を完遂してさえくれるのなら、他は勝手にしてくれて一向に構わない。そのためなら倉庫の一つや二つ軽いものである。


 男は軽く手を振って部下に頭を上げさせると、ソファに座り直した。


「それで……伝令からも聞いているだろうが、前作戦の成功に伴ってお前達には褒美を与える事になった。いつもは各自適当に尋ねていたが、今回は魔王様のご命令だ。お前達が何を求めたかは記録するし、受け取りの拒否も許さん。その上で何か希望はあるか?」

「はっ……でしたら、換金可能な金品を賜りたく存じます」


 言うと、何故か女性はやや俯いて体を強張らせた。

 その直球の要求には好感が持てる。何しろ、男も上司との面会では同じものを欲していたのだ。


「金品か。記録の為一応聞いておくが、何に使うつもりだ?」

「さ……いえ、私腹を肥やすために、です」

「ふむ……なるほど」


 魔族としては模範解答とも言える返答に、男は思わず腕を組んで唸る。人間とは欲深い生き物だと言うが、まさにその通りだという事だろうか。

 女性は額に汗を滲ませ、緊張した面持ちで上司の反応を窺っている。その姿は、どこか分の悪い賭けに出る勝負師を思わせた。


「分かった。用意しよう」

「……! ありがとうございます!」


 彼女は与えている任務(と組ませている相手)の都合上、普段から強いストレスを受けている。更には今後も厳しい命令を下す事がほぼ確定しており、いずれは人間の器では耐え切れなくなる日が来るだろう。そんな彼女が最後まで精力的に活動するために金品が必要だというのであれば、魔王様も文句は言うまい。


 結局資金の使い方については霞がかったままだが、この場合ズレた答えでも全く問題ない。男は部下のプライベートを知りたいのではなく、報告書を完成させたいだけなのだから。

 渡した金でどうか豪華な屋敷でも建てて、任務の無い時くらいはゆっくりと体を休めて欲しいものである。


 部下が十分な休息をとっている姿を想像し、男は納得したように腕を組んで頷いた。













 後日。別の作戦にて、与えた褒美を全て使って購入された大量の土産物が献上される事になるのだが、それはまた別のお話。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る