幕間

チ族のナトト

「でしたら、私の知り合いに丁度良い者がおります。他の四天王に声をかけられるまでもないかと」

「……本当か?」


 男が最初に面談する事にしたのは、どこに出かけるでもなく魔王城の中庭で暇そうにしていた妖精だった。

 紫の髪をサイドアップにし、同じく紫のワンピース(小児用)を着こなす様は幼子にしか見えないが、歴とした魔王軍幹部のうちの一人である。

 真剣な表情で膝に手を置くその姿は高い立場を持つ者として真っ当なものだが、妖精特有の小さな体と美しい羽がそのイメージを一つに絞らせない。本人は至って真面目に努めているが、隠しきれない可憐さと活溌さはまさに人々が想像するフェアリーそのものだ。


 希望する褒美は何かと尋ねて言われるがままに叶えてやると、暫く頬を染めて顔を蕩けさせていた彼女だったが、男が一服した後に海岸防衛の話を切り出した頃には普段の調子を取り戻して即座に解決策を提示してみせた。

 しかし面談の一人目、しかも当日のうちに目当ての人材が見つかるとは思ってもいなかった男は、部下の言葉をつい質してしまう。

 疑ってしまうのは発言者の人脈の乏しさ故だ。この世界における彼女の知り合いなど、同じ四天王でペアを組ませている人間くらいなものだと思っていた。近場にいる魔族はおろか、稀に現世へと遊びにやって来る妖精とすらも親しげに話している姿を見たことがないのだ。こうも都合よく条件に合致する知り合いがいるとは誰が予想できようか。


「はい。その者も私と同じく妖精なのですが、実力は確かです。現在は幻想界にいますが、呼べばすぐに来るでしょう」

「なるほど、幻想界の妖精か。……確かに幻術は防衛戦に適しているし、妖精には優秀な戦士が多い印象がある。お前のように」

「へっ……!? う、うひ……」


 思わぬ流れ弾を受けた妖精はびくりと体を跳ねさせ、視線をぐるぐると回して狼狽する。

 水の都での戦いにおいては特に大きな活躍をしていた彼女である。上司として、褒美以外に言葉でもそれを労っておく必要があった。


「ではその者と一度会ってみる事としよう。すぐに来ると言っていたが、早くていつ頃になりそうだ?」

「ヒ……は、はい。一週間ほど時間を頂ければ十分かと。お急ぎなら……今日の夜には引っ張って来る事が可能ですが」

「……いや、一週間後でいい。フェアリーに対してこちらは協力を仰ぐ立場だからな。初めから心象を悪くしては纏まる話も纏まらん」


 幻想界の礼節については謎が多いが、話に挙がっている相手は海岸防衛を任せられる程の実力者とのことである。予定もあれば立場もあるだろう。当日中に呼び寄せるなど誰がどう考えても非常識だ。

 しかし急げと指示したのなら、目の前の妖精は魔王側近からの指示である事を笠に着た強引な手段で先方を連れてくるだろう。前例はないが、そういった凶行に出かねない危うさを常日頃から感じ取れる部下であった。


「私達は今や貴方様と運命を共にする存在。気を使われる事はないと思いますが……そう仰るのであれば従いましょう」

「頼むぞ。丁重に饗し、絶対に粗相の無いように」

「お任せください。首を引っ張ってでも……いえ、穏便に連れて参ります」

「……行け」

「はっ!」


 妖精は元気よく返事をすると霞むようにその身を薄れさせ、最後には光の粒子となって消えた。元の世界へと旅立ったのだろう。

 男はグラスに残った茶を呷ると、正していた腕と脚を組んで唸る。


「……と、任せはしたが、念のため他の者にも人員を探させて……いや、良くないな」


 幻想界は狂気と混沌の地だと聞く。更には足を踏み入れると二度と帰ることができないとも噂されており、一度訪問を誘われた事はあるものの男はそれを適当な理由をつけて断っていた。その判断が命を預けて共に戦う仲間として正しいものだったのか、未だ答えは出ていない。


 上に立つ者として、部下を信じられないのは致命的だ。頼んだ以上はじっと報告を待つべきである。そもそも、相手は作戦を失敗した事のない優秀な人材なのだから保険を掛ける行為自体ほぼ無意味と言っていい。不要な準備に時間を浪費し、本当に必要な事柄が抜けてしまうのが悪い癖だとその昔上司にも言われていた。


「座して待つ、か…………ガラじゃないな」


 男は暫くの間目を閉じて佇んでいたが、やがて耐え切れなくなったように瞼を上げて独り言ちる。自嘲気味に肩をすくめて魔道具を取り出すと、次の面談相手を探すよう配下の魔族に呼びかけていった。


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