27話目 覚悟を決めたのは…。


「あ、圧倒的な速さで勝負を終わらせたのはハルト選手だぁぁぁぁ!何というスピード!一般枠からの出場とは思えないほどの実力!今大会のダークホースとなるのか!期待が高まります!」





嫌に静かな会場を盛り上げるために必死なバンだが、その声の返事はない。観客の誰もが気づかなかった。誰も気づけなかった。


そこにいるのはたった一人、黒いフードを被った男性。小柄な体からは想像できないような圧倒的な一撃。周りに風が吹く。


1回戦の第1試合。とんでもない形でスタートしてしまった大魔術大会。


それを見たアリシアは…。



「わぁ、かぜがびゅうびゅうふいてるぅ〜」


……幼児退行してしまったようだ…。





           ★



「あんなん無理に決まってるじゃないですかぁ!」


半泣き…いや、完全に泣いているアリシアはトーナメント運の悪さを嘆いていた。



「なんですか、あれ!見えなかったデスヨ!?イヤホント、見えなかったデスヨ!?どんなことしたらあんなふうにになるんですか!人じゃないです、ミカさんと同じバケモンですぅ!!!!!」


あまりのショックに完全に正気を失うアリシア。

あの後、私たちは用意されていた控え室へと入った。選手ごとに用意されているが、アリシアが何も言わず、私の腕を掴んで離さなかったので、一緒にアリシアの控え室に入ったんだけど…。



「ねぇ、も、ほんとに!学校にバケモンは一人でいいんですよ!なのになんですか、2年生トップと3年生トップは!あれと渡り合うだけでも骨が折れそうだと思っていたのに、それ以上のバケモンいるじゃないですか!あんだけの実力出せるなら最初から出してくださいよ!私ごときが1年生トップとかただの恥です、恥なんですぅーーー!」


「あ、アリシア、落ち着いて。そんなに興奮してると他の部屋の人に聞かれちゃうよ…?」


私は勇気をふりしぼってアリシアを説得するっ!



「あれを見てどう落ち着けと?」


「…………そうだったね、ごめん…、私が悪かったからそんなふうにこっちを見ないでアリシア…」


完全に死んだ目で見られた私は動けませんでした。だって怖いもん。アリシアが。



「でもさ、アリシア。相手があれだけ速かったってことはそれなりのトリックがあるんじゃないかな?ほら、何かのスキルであれだけの速さを出している、とか!何か対策を考えていけば…いいと…思うん…だけどぉ…」


「へぇ?ミカさんにもあれは見えなかったんですね。まぁ、あれだけ驚いた顔してましたし…

となるとやっぱり私の勝機なくないですか?」


「いや、何かトリックがあると思うんだよね……。そうじゃないと私がわからない相手とか相当強い人だし……」


「そういうものなのですね…」


やっぱり、何か仕掛けがある。トリックがある。



私が魔術のスキルを持っていないのに魔術が使えるのは[魔術の神聖]を持っているから。アリシアが相手の魔術を吸収して、それを強化した魔術を使うことができるのは[概念吸収・放出]を持っているから。


ならハルトも何かスキルを使っている。

そう考えてもいいと思う。

あそこから更に速くなったら私でも追いつくのに時間がかかるし。そう考えないとやってらんないし。



「それはともかく!アリシアはダリアを倒す。私はソルティナを倒す。そのことに集中しないと」


「そ、そうですね…。あれを見た後だからですかね…ダリアさんが可愛い子犬がキャンキャン吠えてくるようにしか感じないんですけど」


そ、そこまで言わなくてもいいと思うよ…。

何をするにせよ、まずは目標を立ててそれに挑戦する!そこから始めないと!



コンコンコン。



「盛り上がっているところにすまない。イグニスだ。入っていいか?」


「私もいるわよー」


「あ、イグニスさんはいいですよー。もうひとりの方はお引き取りをー。私と言われても誰かわからないのでー」


「エマよ!」


私のボケに扉の向こうから騒がしい声が返ってくる。扉を開けるといつもの二人が顔を出していた。



「先程ミカの控え室へと行ったのだが、いなかったのでな。ここにいるのではないか、と思って来た」


「わざわざ見に行ったんだって。一人で行けばいいのに、私まで巻き込まれて大変だったんだから」


「うるさい、護衛という立ち場をわかって言っているのか?」


「わかってますよ。そんなことより、私は大切なことを決めたんです…」


「そんなこととはなんだ、そんなこととは」


と、唐突にエマがとんでもないことを言い出した。



「今回の大会に優勝したら…。もし優勝できたら、この仕事を辞めるんだ…」


やめて、死亡フラグ建てんの。フラグ建築士1級ですか?私達の前でそれを言わないでほしいんだけどなぁ…。

そんなエマに珍しくイグニスが動揺している。



「待て、エマ。それ聞いてないんだが、どういう」


「私はこんな生活にはうんざりなの!休日がない仕事!学生だからといっても恋ができるわけではないし!護衛という名ばかりの役職で私がいなくても護衛対象の方が強いし!なんで私はこんなお守りをしなくちゃならないの!?辞めるわ、ええ、辞めてやる!他のやつにお守りを押しつけて、若くして隠居生活の日々を送るの!」


「「おい」」


ツッコミどころの多さに堪えきれなかった。多分イグニスからしたらそれが当たり前だと思っているんだろうけど、私はそんなブラックなところ辞めて早く自由になれよ、同志…。という前世の考えに戻りかけていた。



「いくら国が相手でも私は相手をするわ。私は諦めるわけにはいかないの!」


それは今言うことでしょうか、という私の思念をよそに、何故やめたいか、どれだけのことをしたか、などをつらつらと語るエマ。

共感できるところは多々あるが、それを聞いていると昔を思い出して嫌になる。

それに、このままだと私達の体力は尽きそうだ。試合控えてるんだぞ…。



「ちょっと静かにしてくれないかな…。」


「なっ!?これは私の人生の一大決心なのよ!?」



付与魔術Lv10『サイレンス』



文字通りサイレントの異常状態を引き起こす魔術をかける。使い方には癖があるけど、自分の出す音を消せるという点では、とっても便利である(何に便利かということは伏せておく)。




私にとってこの大会はただの憂さ晴らしとしか考えていなかったけど、そうではなかった。まず、全員が真剣に優勝することを目指している。皆が自分の強さを測るためのいい機会だと思ってやっている。



なら、私もやってやろう。ハルトとかいうやつを倒そう。その前にソルティナを倒そう。私の目の前に立つ邪魔者は全員排除してしまおう!過激すぎる?いいや、これくらいの覚悟でいかないとやってらんない。



「私は…全員ぶっ潰して優勝する!」


「と、とりあえずベストは尽くそうかと思います!」


「最低でもベスト4までは残ることを目標にするか」


「パクパクパク(この大会で優勝して仕事を辞めてやる)!」




それぞれの覚悟が決まった…。




『おおっと!1回戦第2試合を制したのはユーラ選手です!一般枠での参加とはいえ、やはりこの学校の教師!生徒には譲らないプライドがある!』


……どうやら第2試合はユーラが勝利を収めたらしい。そして次は…。



「僕か」


ポツリとつぶやくイグニス。



「いってらっしゃい、イグニスさん!頑張ってくださいね!」


「早く終わらせてきてください、そしてあわよくばギリギリで負けてきてください。その後、そいつをぶっ潰して、私は自由を勝ち取ります」


「おい、エマ。仮にも僕は護衛対象なんだが?

いくら僕でも傷つくときもあるんだぞ?」


文句をつぶやきながらもイグニスは扉を開ける。




「それじゃ、勝ってくる」






一言。そう言ったイグニスが控え室を出て、会場へと向かった。

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