桜並木、しゅうまつ、君と二人。
由希
桜並木、しゅうまつ、君と二人。
「『桜の木の下には、死体が埋まっている』」
辺り一面の桜吹雪を眺めながら、不意にフユキがそう言った。
「ああ、何かの小説だっけ?」
「そう。でも、それって当然の事なんだよね」
「へっ?」
意外な言葉に目を丸くしていると、フユキはそっと桜吹雪に手を添えた。花びらが一枚、二枚、フユキの掌をなぞっては、すぐに離れて舞っていく。
「だって考えてもごらんよ。地球に生命が誕生してから、もうどれだけ経ったと思ってる?」
「いきなりスケールが大きくなったな」
「何万年、何億年。その間に多くの生き物が生まれて、そして、死んでいった。そんな中で全く、どこにも死体が埋まってない土地がどれだけあると思う? そんなの、エベレストやら南極が精々だよ」
「……言われてみれば、確かに」
「人間だけに絞ってみたって、人類誕生から現在までとなれば結構な数だ。そりゃ桜の木の下に限らず、どこにだって死体は埋まってるよ」
「それも夢がない話だな」
「もちろん、分解されて形を失えばそれはもう死体とは言えないだとか、反論の余地はいくらでもあるけどね」
相変わらずコイツの言う事は、どこかしら小難しい。それに真面目に付き合う俺も、大概お人好しだが。
「ナツミはさ」
「うん?」
不意にフユキが、こっちを振り向いた。その薄茶色の瞳が、真っ直ぐに俺を射貫く。
「もし死に場所を選べるなら、どこで死にたい?」
ざぁ、と、一際強い風が吹いた。フユキの少し長めの前髪が、花びらと一緒に大きく舞い上がっていく。
解っている。解ってるんだ。
俺達以外の生存者なんて、もう長い事見てない。体力だって、日に日に落ちてきている。
この世界が、俺達が、とっくに終わっちまってる事なんて――本当は、言われなくたって解ってるんだ。
「もう、いいんじゃないかな」
静かに告げられる、それは、フユキの初めての弱音。
「もう、足掻くのを止めても――いいんじゃないかな、僕達」
「……」
瞳が告げる。疲れたと。俺さえ頷けば、自分は終わりを選べると。
――でも。
「……らしくないぜ、フユキ」
俺はゆっくりと、首を横に振った。なけなしの強がりを目一杯に顔に込めて、笑みを作ってみせる。
「足掻けるだけ足掻いてみようって、最初に言い出したのはお前だろ。その言い出しっぺのお前が、勝手に降りようとしてんじゃねーよ」
ああ、ああ、知ってる。これはただの我が儘だ。
正直俺だって、もうとっくに足掻くのに疲れてる。自分の命への未練なんて、とうの昔に消えている。
でも。それでも、俺は。
「最後まで、見届けてやろうぜ。世界の終わりって奴を」
俺は、お前が死ぬのだけは。絶対に嫌なんだよ――フユキ。
「――ズルいな、ナツミは」
やがて。フユキは、小さく微笑んだ。
「君にそんな風に言われたら、死ぬに死ねないじゃないか」
「そりゃ悪かったな」
「責任取って、嫁にもらってくれるかい?」
「役所が受理してくれりゃあな」
「それもそうか」
二人で、いつものように笑い合う。これでいい。このままでいい。
俺が死にたいと言わない限り、お前は勝手に死んだりしないから。俺一人残して死ねるほど、お前は無責任な奴じゃないから。
だから俺は、限界まで生きてやるんだ。お前を生かす為だけに。
不意に遠くで、呻き声が響く。今やこの星の支配者となった緑人間達が、こっちに近づいてきてるらしい。
「じゃあ、奴らが来る前にずらかるか」
右手の金属バットを肩に担いで、俺は言った。
「そうだね、急ごう」
「お前らの養分になってやれなくて悪いな、桜さんよ」
気力を振り絞り、俺達は駆け足気味に桜の側を離れる。桜吹雪が、そんな俺達を名残惜しむように、いつまでもいつまでも背に吹き続けた。
fin
桜並木、しゅうまつ、君と二人。 由希 @yukikairi
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