第3話 間章 その2

 ・・・・・・美紅様。

 先ほど読み聞かせてもらった言葉が、私の胸の奥を深く穿つ。

「いつもいつも私を守ってくれてありがとう」

 そんなことは当然です。私はあなたにお仕えする身。あなたを守るために存在しているのですから。

「今日は私があなたを守れてよかった。少しはお返しできたかしら」

 ”お返し”なんて必要ありません。なぜそのようなことをされたのです。なぜ、私にあなたを守らせてくださらなかったのです。


・・・・・・これは、なんだ。目から何かがこぼれ落ちてくる。

・・・・・・以前に美紅様の目からも落ちていた、あれは、”涙”。私が”涙”を?なぜ私は泣いている。美紅様をお守りできなかった悔しさなのか。ふがいない自分への怒りか。


「違いますよ」

 御仁が私の前で膝まずきながら、そっと言った。

「それは、嬉し涙です」

 嬉しいだと? 馬鹿なことを。大切な人を守れなくて、何が嬉しい。

「『ずっとずっと幸せでいてね。元気でいてね。大好きよ』大切な方からそう想われて、あなたは嬉しいのです。だから、泣いていらっしゃる」


・・・・・・美紅様。私はずっと幸せでした。あなたのお側にいれて、幸せでした。

 けれど、あなたがいなければ、幸せではありません。


・・・・・・美紅様のところに行こう。どうすれば”そう”できるのか、分からないけれど、そうしよう。高いところから飛び降りれば、”そう”できるだろうか。


「いけませんよ」

 ふいに、ビクッとするくらい厳しい声が私の頭上から降り注いだ。見上げると、御仁が険しい顔をして私を見つめている。

「そんなことをしてはいけません。あなたの大切な方の願いを、踏みにじるおつもりですか」


『元気でいてね』

 美紅様の言葉が胸にこだまする。


 しかし、しかし私は・・・・・・

「そんなことをする必要はありません。大丈夫です。大丈夫なんですよ」

 今度は、温かい春のひだまりを思わせるような言葉が頭上から響く。

 大丈夫? 大丈夫とは? 美紅様は、美紅様はもしや・・・・・・

「はい」

 御仁はにっこりと微笑み、立ち上がった。

 そして、恭しく私に一礼し、右手を扉の方に向かって広げた。


「さあ。あなたはもう「なぜ」「どうして」をお知りになられた。「なぜ美紅様は私をかばわれた」、その答えは最初からあなたの中にあったでしょう。もう一つの「なぜ私は美紅様をかばえなかった」については、もういいんですよ。それはあなたの後悔にすぎません。後悔するよりも、得た答えを大切にしてください」


「なぜ美紅様は私をかばわれた」

 ・・・・・・御仁の言うとおり。私は最初から答えを知っていた。

『大好きよ』

 美紅様の声が聞こえる。


 私は、扉に向かう前に、御仁に向かって頭を下げた。

 ありがとう。大切なことを忘れていた馬鹿な私を叱ってくれて。思い出させてくれて。

 ・・・・・・さあ、帰ろう。美紅様のところへ。


 私は、最初に訪れたときと同じように、背伸びして扉のノブにしがみつき、なんとかそれを回した。

 先ほどはびくともしなかったドアが、いとも簡単に開いて「カランカラン」とベルの音が軽快に鳴り響く。

 扉の向こうから白い光がさし、そして私は--。

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