涼真の章 間章その1

 美紅様・・・・・・!

 巻き毛の御仁が語る本の中身は、私と美紅様のことだった。

 私はどうしたというのか、美紅様のことを忘れるとは。

 美紅様は、美紅様はあの後どうなったのか。

 私はこんなところで何をしているというのか。


 早く、早く美紅様のところへ行かねば!そうだ、この御仁に一緒に来ていただこう。

美紅様を助けていただくのだ。


 私は懸命に御仁の袖口を引っ張ったが、御仁は悲しそうな表情を見せ、そして首を横に振った。

「申し訳ありません、お客様。私はここから離れるわけにはいかないんです」

 ええい、ならば悪いがもうここで用はない。一刻も早く、美紅様のもとに行かねば。


 私は扉に向かい、懸命にドアノブを回そうとしたが、それはびくともしなかった。

 なぜだ。なぜ回らない。

 ならば力任せにでも扉を開けるのみ!

 

「お、おやめください、お客様!」

 扉に体当たりしようとした私の前に御仁が立ちふさがる。

 悪いが、そこをどいてくれ。私は何としても美紅様のところに行く。

「お客様」

 はっ、とするような静かな声で御仁はそう呼び掛け、そして私の前に膝をついた。


「どうかお気を静めてください。・・・・・・ここは、特別なお客様だけがたどり着ける場所。なぜ、どうして、そんな気持ちを強く抱いた方だけがいらっしゃる場所。そして・・・・・・『なぜ』『どうして』を理解するために、あなた様だけの物語を知るための場所。・・・・・・先程私はあなた様の物語を読み聞かせて差し上げましたが、まだ物語は終わっていません。物語が終わるまで、あなた様が『なぜ』『どうして』を知るまで、あなた様はここから出ることはできません」


 御仁の言っていることはよく分からない。分からないが・・・・・・なぜか私の心の奥に響くものがある。

「なぜ」美紅様は私をかばわれた。私は美紅様をかばえなかった。

「どうして」美紅様は私をかばわれた。私は美紅様をかばえなかった。


「それをお知りになりたければ」

 静かな声で御仁が続ける。

「どうか、物語の続きを」

 御仁はうやうやしく私に対してお辞儀をした。


 ・・・・・・内心では私は焦っていた。早く美紅様のもとに行かねばならない、助けねばならない、その気持ちでいっぱいだった。

 けれど、頭を垂れて願う御仁を無視することは、なぜかできなかった。

 何より、どうあがいても扉は開きそうにない。


 私は仕方なく、御仁の前に座った。

 御仁はホッとしたような顔を見せ、その手に持っていた本を再び開いた。

「それでは、続きを読ませていただきます。『美紅の章』」

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