第3話 涼真の物語 涼真の章 その1

・・・・・・はて。ここはどこだ。

 気付けば私は、見知らぬ町をさ迷っていた。よく分からないが、薄暗くなっているので夜が近いということか。

 辺りを見回しても、覚えのある家や電信柱はない。一体、ここはどこなのか。私は何をしているのか。早く早く、あの方のところへ行かねばならないというのに。

 ”あの方”?・・・・・・あの方とは、誰のことだ?


 頭の中にぼんやりとしたもやが掛かっているかのようだ。私は頭を振った。どうしたというのか。

 まずはここがどこか、自分は何をしていたのか、思い出さねばなるまい。


 進もう。前に進めば、何か分かるかもしれない。


 私は、意を決して、薄暗い道をただ進んだ。


 ・・・・・・どれくらい歩いたことだろう。前方にうっすらと明かりが見える。どこか懐かしさを感じる、温かな光。私は急いで明かりの方に駆け寄った。


 三角の屋根。全体的にこじんまりとした、小さな家。ここは一体何だろう。目の前には扉があるが、果たして開けることはできるだろうか。

 何とか扉のノブを回したところ、”カランカラン”という軽やかなベルの音が鳴り響き、思わずビクッと身をすくめる。


 ・・・・・・なんだ、ここは。あれは・・・・・・”本”か?

 私の目の前には、見渡す限りの本が並んでいた。四方の壁に作りつけられた棚に、見渡す限りの本、本、本。

 いや、これはすごい、壮観だ。私はおそるおそる足を前に進め、壁一面の本を見回した。


「いらっしゃいませ、お客様・・・・・・おや?」

 急に背後から声を掛けられ、私は思わず飛び上がった。なんだ!?

 そこには−−なんとも奇妙な風体の人間が立っていた。男性、だろうか。くるくるした、肩まである長さの巻き毛。くるんっとはね上がった口ひげ。真ん丸のメガネ。スーツに、あれは確か、ええと、そう、蝶ネクタイと言うんだったか。そして彫りの深い顔立ち。


「いらっしゃいませ」と、この人物は言った。ということは、この家の者か?黙って入って大変失礼した。


「あー、その・・・・・・いや、まいりましたね」

 その人物は何やら困った様子で首をかしげている。

「あの、念のためにお伺いしますが、お客様は本をお読みになりますか?」

 奇妙な風体だが、丁寧な口調のその人物に私は好感を持った。”お客様”か。勝手に立ち入った私を責めることなく、客扱いしてくれるとは、なかなか懐の深い御仁だ。

 もっとも、昔の私ならば、このような風体の御仁にはまず感情を露にしていただろう。あの方には決して近付けさせない。−−”あの方”。まただ。あの方とは一体誰だ。

 いや、今は質問に答えねばなるまい。

 私は黙って頭を横に振った。

「ああ、やはりそうですよね」

 奇妙な風体の御仁は、困った表情を見せている。すまない。何か私が困らせているようだ。


「ええっと、少々お待ちくださいね」

 御仁は、何やら本を一冊手に取り、「こういう場合の対応は、っと」とブツブツ呟きながら、ページをめくっていた。


「あの、すみません、お客様。本来ならば、お客様の本はご自身でお読みいただかないといけないのですが、今回のような場合は私が読むこととなっています。大変失礼ながら、”お客様の物語”を読ませていただきます」

−−?何を言っているのかよく分からないが、どうやら、そうしなければ、この御仁が困るようだ。それは本意ではない。うむ。どうぞ好きにしてくださればよい。


 ホッとした様子で、御仁は本棚から一冊の本を取り出すと、私の目の前で開いた。しかし、申し訳ないが私は本が読めない。


「涼真の章」

 御仁はそう声に出した。

 

 

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