第2話 ママの章 その4
郁人さんから電話があったのは、麻里香の結婚式まであと1週間を切っていたときだった。
――申し訳ありません。麻里香とは結婚できなくなりました。
けれど、麻里香が、話を聞いてくれないんです。
こんなことをお義母さんにお願いするのは筋違いですが、麻里香と話をしていただけませんか。
私は驚く一方で、心のどこかで、ああ、やっぱり、という気持ちでいた。
郁人さんは麻里香の父親に似ていた。そして、麻里香が郁人さんを見つめるときの表情は、父親といたときのそれとそっくりだった。
ふいに、あのとき、麻里香の父親が亡くなったときの光景が脳裏に甦った。
「麻里香はパパのお姫様。いつか王子様が現れて、パパの代わりに麻里香を大切にしてくれるの」
麻里香は「王子様」を見つけたつもりだったのだ。「パパの代わりに麻里香を大切にしてくれる王子様」を。
けれど、現実には王子様なんていやしない。郁人さんは郁人さん。麻里香の父親とは違う。麻里香を無条件に甘やかしてくれるわけではない。結婚とはそういうものではない。この子はそれを分かっているのだろうか。
その不安を麻里香に問い質していれば、何か変わっていたのだろうか。けれど、もう遅い。歪な関係は、破綻してしまった。
「麻里香。郁人さんから電話があったわ。あなたとの結婚はできないって、そう言った。その話をしたのは1か月前だって。どういうことなの?」
リビングのソファに座って雑誌をめくっている麻里香に問い掛けたが、麻里香はこちらを見ようとしなかった。
「麻里香、聞いているわよね? ちゃんと説明しなさい」
苛立ってしまい、少し大きな声になった私に、麻里香はゆっくり振り向いて、にっこり笑った。
「ねえ、ママ、お式のときはね、郁人さんに最後のご挨拶をしてもらう予定なの」
「麻里香、結婚はなくなったんでしょう?」
「郁人さんたらね、『大勢のお客様の前で挨拶なんて恥ずかしいよ』って照れているのよ。可愛いわよね」
「麻里香、いい加減になさい。あなた、本当は分かっているんでしょう。結婚はなくなったの。明日、郁人さんがうちに来るそうよ。あなたともちゃんと話をしたいって。明日は家にいるのよ」
私がそう言うと、麻里香は押し黙った。
うつろな目をして、ぼんやりと宙を見つめる麻里香を見ながら、この子は、これからどうすのだろう、明日はちゃんと家にいるだろうか、と不安に思った。
不安は的中し、麻里香は「郁人さんとデートなの」と言いながら家を出ていった。郁人さんの来訪時間まで後1時間、というときだった。
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