第2話 ママの章 その3

 鏡の前で独り言を呟いている麻里香に、声を掛けられず私はその場から離れた。

 あれは、何だったのか。あの子は何をしているのか。


 けれど、普段の行動におかしなところは、なかった。父親を亡くしたショックで、あんな行動を取っていたのだろうか。私は様子を見ることにした。


 しばらくして、麻里香は夜遊びに出掛けるようになった。どこへ行くのか、まだ高校生だというのに化粧をして。私が咎めると、麻里香は、「クラブで遊んでるの。いいじゃない、男の子達が私を待ってるの。行かないと可哀想でしょ?」とケロッとした顔で、そう言った。

 

 男の子達が可哀想?

 この子は、何を言っているのか。何を考えているのか。

 

 夜遊びを始めるのと同時に、麻里香は父親の遺影や他の写真に一瞥もくれなくなった。父親のことを全く口にしなくなった。まるで、父親など、最初から存在しなかったかのように。


 亡くした父親の代わりに、男の子達からチヤホヤされることで、この子なりに傷を癒しているのか。

 私は母親として、この子に一体、どうやって接すればいいのだろう――。


 散々悩み、麻里香と話をしようとした。けれど、私が話をした後で、麻里香が「ねえ、遊びに行っていい?」と言ったときには、怒りよりも恐怖の方が勝った。この子は、何なのか。父親からずっとチヤホヤされ、甘やかされ、高校生になっても「お姫様」と呼ばれ続けたことが、この子をこんな風にしてしまったのか。

 都合の悪い現実からは目を背け、自分を甘やかしてくれる存在を求める、そんな麻里香をどう扱っていいのか、私にはもう、分からなかった。


 結局、毎日出掛けるのは止めること、日を跨ぐ前に帰ってくること、勉強はきちんとすること、そう約束させることが精一杯だった。


 大学に進んでも、麻里香は夜遊びを止めることをしなかった。けれど、就職活動を始める頃には、いつの間にか止めていたようだ。そして、そこそこの会社に就職が決まったときには、ほっとした。時々、父親の遺影に手を合わせている姿も目にした。

 よかった。この子も少しは大人になったのだ。

 

 私と麻里香の間には、表面上は何も問題はなかった。ごく普通の親子に見えただろう。就職しても麻里香は家に住み続けたが、いつか独り立ちする時に困らないよう、私は家事全般を麻里香に教えた。嫌がるかと思ったが、意外にも麻里香は熱心に家事を覚えようとした。

「だって、いつか王子様が現れた時に、困るでしょう?」

 そう言ってにっこり笑う麻里香に、引っ掛かるものを感じたが、私は敢えて触れなかった。触れたくなかった。

 

 私も、麻里香と同じ。問題に向き合いたくなかったのだ。


 そして、社会人になって4年目、麻里香は、「結婚したい人がいるの」と郁人さんを連れてやってきた。

 郁人さんの顔と雰囲気は、亡くなった夫に、麻里香の父親に、どこか似ていた。

 


 


 

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