第2話 ママの章 その2

 麻里香が中学生になっても、夫は麻里香を猫可愛がりし続けた。思春期になれば、女の子は父親を嫌がるようになるものだと思っていたが、麻里香も夫にべったりだった。


 さすがにもう、夫の膝の上に乗ることはなかったが、休日にはよく二人で並んでソファに座り、楽しそうにおしゃべりしていた。

何を話しているのかと思えば、「A組の○○君に告白された」「C組の○○君が私のことをよく見つめてくるの」という麻里香の自慢話を夫は目を細めて、うんうん、と聞いているのだった。

 そして、夫は、

「麻里香は可愛いから、男の子にもてるんだね」

「けれど、誰かと付き合うのはまだ早いよ。それに、誰かと付き合ったら、それ以外の男の子がかわいそうだ。こんなに可愛い麻里香を、誰かに独り占めさせちゃいけないよ」

「いつか麻里香にふさわしい王子様が現れるからね。それまではパパが麻里香の王子様だ」

と相変わらず、妙なことを吹き込んでいた。


 その頃、私はもう、夫と麻里香の関係を諦めていた。

  私が、そんな猫可愛がりは麻里香のためにならない、そう何度言っても、夫は聞く耳をもたなかった。

「お前は麻里香が可愛くないのか」

 そう言われたときには、心底呆れた。可愛いからこそ、表面的なことではなく、内面を成長させるように育ててあげなければならないのに。


 夫が甘い分、私は麻里香に口うるさくあれこれと言うようになったが、麻里香は「はいはい」と言うばかりで私の言うことは聞き流すようになっていた。


 中学2年の頃だったか、麻里香には、奈津子さんというお友達ができた。奈津子さんは大人しそうで、麻里香と気が合うのかしら、と不安に思ったけれど、二人はよく一緒に遊びに出掛けていた。そのことに安堵した。

 同性の友人と過ごす時間が増えれば、お互い刺激を受け合って得るものがあれば。外見なんて些末なことだと分かれば。少しは麻里香も変わるかもしれない。

 

 夫が亡くなったのは、麻里香が高校に入学した頃のことだった。会社帰りに、事故であっけなく逝ってしまった。

 幸い、と言うのも変だが、それまでの蓄えがあり、また、多額の保険金もおりたため、生活に不自由はしなかった。


 だが、父親を亡くしてから、麻里香は少しおかしくなってしまった。


 毎日ぼんやりと夫の遺影の前で座り込んでいたかと思うと、急にはしゃいでしゃべり出したり。リビングに飾ってある夫と自分の写真をずっと眺めていたり。


 ある日、薄暗い部屋の中で電灯も点けず、鏡の前で微笑みながら髪をとかしている麻里香を見たときには、心配よりも、ゾッとする気持ちの方が強かった。何をしているのだろう。声を掛けることができずにそっと見ていると、

「麻里香は可愛いね」

「麻里香はパパのお姫様。いつか王子様が現れて、パパの代わりに麻里香を大切にしてくれるの」

と麻里香はぶつぶつ呟いているのだった。

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