第2話 ママの章 その1
「麻里香はかわいいな。まるでお人形さんだ。いや、お姫様だな。世界で一番かわいい、パパのお姫様」
膝に抱っこした麻里香の頭を撫でながら、夫がでれでれしながら言う。
男親にとって娘は可愛いというけれど、そのとおり、夫は麻里香を猫可愛がりした。いつも、「パパのお姫様」そう呼んだ。
確かに小さい頃の麻里香は可愛い顔立ちをしていた。くりっとした大きな瞳にちんまりして整った鼻と唇、丸いおでこ。親の欲目を差し引いても、まさに「お人形さん」のようだった。
成長するにつれ、全体のバランスが変わったのだろうか。小学生になる頃から麻里香の顔立ちは少しずつ変化していき、中学生になったときには、もう「お人形さん」と言えるほどではなくなり、平均よりはちょっと可愛い、それくらいのどこにでもいそうな容姿になっていた。
それでも夫にとって可愛いお姫様には変わりなく、「麻里香、可愛いパパのお姫様」と相変わらずでれでれとしていた。それを見るたび、私はやれやれ、と思ったものだ。
夫は麻里香に甘く、おねだりされると何でも買ってしまうので、私はその都度、「甘やかさないで」と怒った。それでも陰でこっそり、夫は麻里香に何か買ってやっているようだったが、私は知らないふりをした。夫の小遣いの範囲でやることなら目をつぶっていた。
物を買え与えるよりも、変なことを吹き込む方がいやだった。
麻里香は小さいときから女の子より男の子の友達が多かった。夫に甘やかされることに慣れた麻里香は、優しくしてくれる男の子と遊ぶ方が楽しいらしく、女の子とも遊びなさい、と私はよく促したものだ。
このままでは女の子達とうまくやれないのではないか。心配だったが、麻里香が小学生の頃、その心配が現実のものとなった。麻里香は同じクラスの女の子達から、いじめられるようになったのだ。
母親としては腹が立つ一方で、女としては、いつも男の子と遊んでばかりの子なんて嫌だろうな、とも思った。
麻里香が泣いて帰った日、夫は麻里香を膝に乗せながらいつものように頭を撫でて、こう言った。
「みんな、麻里香が可愛いからやきもちを焼いているんだよ。女の子にも笑ってあげて。本当はみんな、可愛い麻里香と仲良くしたいんだ。麻里香が笑ってあげれば、女の子たちも嬉しいよ。可愛い麻里香と仲良くできるなんて、嬉しくてきっと意地悪しなくなるよ」
夫の言いように私は呆れた。なんてことを吹き込むんだ。その晩は夫と喧嘩になった。
けれど意外なことに夫のアドバイスは功を奏したようで、その後、麻里香は女の子たちとも仲良くなったようだ。よく考えれば、笑顔で話しかけてくる相手に敵意を抱く者はそういない。女の子たちはきっと、麻里香が男の子にばかり愛想がいいことに腹を立てていたのだろう。それをやめて、自分から笑顔で近づけば、彼女たちも受け入れようという気持ちになる。
いじめがひどいものにならなくて良かった、と安堵しながら「お誕生日会に呼ばれたの」と出掛ける麻里香を見送った。
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