第2話 麻里香の章 その2
「麻里香はかわいいな。まるでお人形さんだ。いや、お姫様だな。世界で一番かわいい、パパのお姫様」
膝に抱っこした私の頭を撫でながら、パパがでれでれしながら言う。それが私の覚えている最初の記憶。私をかわいいと称賛する最初の記憶。
小さい頃から私の周りには、女の子より男の子の方が多かった。
「ねえ、麻里香ちゃん、遊ぼ」
「麻里香ちゃん、これ、俺の宝物。麻里香ちゃんにだけ見せてあげる」
「海賊ごっこしよう。麻里香ちゃんがお姫様役だよ」
そんな私を、遠巻きに女の子たちが見ている。その顔は醜く歪んでいる。
どうやら、私は、男の子たちに好かれているらしい。どうしてかしら。あの女の子たちと私の違いは何かしら――。
その違いが顔らしい、ということに気付くのに、そう時間は掛からなかった。
大きなくりっとした目。小さくツンっと整った鼻。ピンク色のぷるんとした唇。卵型の輪郭。サラサラの艶やかな髪。
ふふっ。今日も私はかわいい。
私はうっとりとしながらブラシで髪をすく。
いやだ、こんなところにシミができかけている。エステに行って、美白ケアをしなくちゃ。私はかわいい。私は美しい。特別な、選ばれた存在なんだから、だから、いつもかわいくて美しくいなくちゃね。
私はブラシを置いて、立ち上がった。
美しい、ということはそれだけで称賛の的になる。苦労せずに世の中を渡っていける――というわけでもない。
私を遠巻きに見る、女の子たちの顔。歪んだ顔。小さくても女は女なんだと思わせる顔。
それはすぐに私に対する攻撃になる。
無視。仲間はずれ。ちょくちょく失くなる鉛筆や消ゴム。ゴミ箱から見つかる上履き。
ああ、うっとうしい。
このうっとうしい攻撃は、私に対する嫉妬。醜い羨望。美しくない者たちが私を羨んでいるだけ。くだらない。
そう思っても、毎日のように繰り返される嫌がらせにうんざりしていた小学校の頃、私は気付いた。美しくない者たちは敵に回すと面倒だ。
それから私は、私に寄ってくる男の子たちは極力無視して、女の子たちの輪に入るように努力した。楽しくもないのにニコニコ笑った。皆が嫌がるような係の仕事も進んでやった。そうすると、どうだろう。くるくる。そんな手のひらを返す音が聞こえてくるかのように、女の子たちまで私をチヤホヤし出した。
「麻里香ちゃんは、優しいね」
「ありがとう、麻里香ちゃん。私も一緒にごみ捨てするね」
「ねえ、麻里香ちゃん。今度、お誕生日会をするの。麻里香ちゃんも呼んであげる」
そう。この子たちも結局、きれいなもの、かわいいものが好きなのだ。
中学校に入ると、年齢のせいなのか環境のせいなのか、男の子たちは私に簡単には声を掛けなくなった。だから、私はいつもにっこり笑っていた。男の子でも女の子でも、いいのよ、私に声を掛けて。話し掛けて。気にしないで。私は美しいからって、そうでないあなたたちを見下げたりしないから――。
そう心掛けていたのがよかったのか、女の子の友達もたくさんできて、けれど、時々こっそりと男の子たちに呼び出され、「付き合ってほしい」、そう言われた。
ふふ、いい気持ち。称賛されること、必要とされることはなんて気持ちがいいのかしら。
告白されることは気持ちいいけれど、特定の誰かと付き合う気はなかった。そうこうしているうちに、女の子たちの悪意ある囁きが広がっていく。
「なによ、あの子、いい気になって」
「たいしてかわいくもないくせに、愛想ばっかり振り撒いて、どういうつもりよ」
ああ、嫌だ。またか。私はまた、小さな嫌がらせを受けるようになった。昨日まで仲良くしていた子たちがまた手の平をくるりと返して私を無視する。
いい気になって、ですって。違うわ。当然の称賛を受け取っているだけよ。
たいしてかわいくもないくせに、ですって。なら、私の隣に立ち、私と同じように振る舞ってみればいい。そんなあなたに果たして一体、何人の男の子が声を掛けてくれるかしらね。
私はすっかり面倒になってしまって、悪意を囁き続ける女の子たちは無視することにした。そんな子たちにまで気を遣う必要はないわ。男の子たちは相変わらず私に優しい。私がにっこり笑って話し掛ければ、顔を赤らめて答えてくれる。
それに、女の子たち全員が私に悪意を向けてきたわけではない。
クラスでも目立たない、大人しい子たち。地味だと思ってそれまで近付かなかったけれど、こういう子たちなら、妬みや僻みから意地の悪い態度を取るということもないだろう。
それは正解だった。その子たちは、急に私から話し掛けられるようになって最初は戸惑っていたけれど、すぐに打ち解けて、仲良く話せるようになった。
そのときに出会った奈津子とは今でも親友だ。
奈津子は地味で大人しくて、いつもうつむきがちな子だったけれど、よく見れば可愛らしい顔立ちをしていて、私はすっかり奈津子を気に入った。
そう。私と一緒にいるなら、それにふさわしいくらいには可愛くなくちゃね。もちろん、私には及ばないけれど。
小中と女の子たちの嫉妬と僻みに嫌な目に遭わされた私は、大学までエスカレーター式の女子高に進学することにした。
彼女たちが嫉妬するのは、周りの男の子たちが私に夢中になるから。だったら、男の子たちがいない環境にいればいい。そうすれば、彼女たちは私に牙を剥いてこない。
でも、奈津子と離れるのは寂しいわ。
だから私は、渋る奈津子を説得して、一緒に女子高に入学した。それも正しい選択だった。私は相変わらずにこにこと笑って過ごしていたけれど、それを見せるのは女の子たちだけ。
そうすれば、彼女たちは私を敵だとみなさず、寄ってくる。
そうよ。安心しなさい、私はあなたたちの敵じゃない。可愛くてきれいなもの、あなたたちも好きでしょう――。
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