間章 その3
山岸先輩。そういうことだったんですか。
でも、先輩、言葉が足りませんよ、あれじゃ分からない――。
そう言い掛けて、いや、と昭吾は頭を振った。
違うな。山岸先輩は説明してくれていた。
『お前が顧客なら、どんな風に説明されれば、この商品を買おうと思う? そういう視点で考えてほしいんだ、分かったか』
俺が聞き逃した言葉だ。自分のことで頭がいっぱいで、もう一度お願いします、と言えなくて、聞いていなかった言葉。
それをちゃんと聞いていれば、少なくとも、資料の作り方は変わったかもしれないのに。
それに、休憩室でのこと。
『瀬上、話を聞けって』
そう言っていたのに、俺はまた、自分のことばかり考えて、騙された、無駄な作業をさせられた、そればかりで、話を聞こうとしなかった。
理佐のときと同じだ。俺はいつだって、自分の言いたいことばかり、自分の気持ちばかりで、相手の話を聞こうとしなかった。挙げ句の果てに、周りを見ずに車に跳ねられて――。
昭吾は、本に書かれた自分の態度に、言動に、自分でも嫌になるほどのその幼さに、打ちのめされていた。理佐や山岸から見たその言動は、なんと子供っぽく我が儘で、けれど二人とも二人なりに、昭吾のことを思い、気持ちを伝えようとしてくれていたことか。
もう一度、やり直せたら。
理佐に謝ることができたら。たとえ別れることになったとしても、「ごめん」と伝えることができたら。
山岸先輩ともう一度話せたら。先輩の想いを聞いて、自分の考えもちゃんと伝えて、二人で資料を作れたら。先輩の言うとおり、『明日』が俺に来るのなら――
けれども、全てはもう遅い。
昭吾は自分がもうすぐ―のだ、と思うと、後悔してもしきれなかった。
「お客様。いかがでした? あなたが抱いていた強い想い、『なぜ』『どうして』、それはお分かりになりました? 」
何を空々しいことを、と昭吾は思った。あんた、俺の考えていること、分かるだろう?
店主は、ふふっ、と笑いながら、
「お分かりになったようですね」
と言った。
やっぱりか。
「そうだ。俺は分かったよ。理佐のことも、山岸先輩のことも、『何も分かろうとしていなかった』ってことが分かった」
昭吾は、店主に向かって――というより、自分自身に向かって自嘲気味に呟いた。
そう、今まで自分はなんと愚かだったか。いかに周りの人を蔑ろにしてきたか。理佐や山岸先輩だけではない。もしかしたら、もっとたくさんの人の気持ちを踏みつけにしてきたのかもしれない。それにもっと早く気付けていたら――。
「では、そろそろ、お帰りになられた方がよろしいのでは? 」
「は? 」
一体何を言っているんだ、と昭吾は戸惑った。だって、あんたが言ったんじゃないか、俺は、今は、まだ―んでいない、と。つまり、もうすぐ俺は―ぬってことなんじゃないのか?
「おや? わたくし、こう言いませんでしたっけ? 『今は、まだ帰り道がお分かりになっていないだけ』、と」
店主は相変わらず人を食ったような笑顔を浮かべている。
こ、こいつ・・・・・・言ってない、言ってないぞ、それは!
と昭吾は呆然とし、心の中で毒づいたが、
「おやおや、いけませんよ。思っていることはきちんと言葉に出して伝えませんと」
とニヤリ、と笑う店主の顔を見て、腹が立つのを通り越して、笑えてきてしまった。
「――そうだな。思っていることはちゃんと相手に伝えないとな。それから、相手の言うこともちゃんと聞くんだ」
昭吾がそう言うと、店主はフッ、と微笑んで、そして、ゆっくりとお辞儀をし、右手ですっと扉の方を示した。
昭吾は手にした本を店主に返しながら、ゆっくりと立ち上がり、そして、扉に向かって歩いていった。
カラン、カラン。扉に付いたベルが鳴る。
ゆっくりと開いた扉の向こうは、既に白じんでいる。夜明けだ。
「――そういえば、結局、あんた、何者なんだい? 」
そう聞きながらも答えは決まっているような気がしつつ、昭吾は振り向き様に尋ねた。
「私ですか? 私は――」
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