間章 その2

「理佐の章」を読み終えて、昭吾の気持ちは暗く沈んでいた。

理佐。そんな風に思っていたなんて。何でも話せる、何でも受け止めてくれる、そう思っていたのは俺だけだったなんて。

ここまで気持ちがすれ違っていたなんて――。


本を手にしながら、昭吾は力が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。

「は・・・・・・ははは、本当、何だったんだろうな、俺たち。4年も付き合ってきたのに・・・・・・」

理佐の章。ここに書かれていることが本当なら。これが本当に理佐の気持ちだとしたら。

昭吾にも言い分はあった。

そこまで俺にうんざりしていたなら。きちんと言ってくれればよかったんだ。話をしてくれればよかったんだ。ここにもそう書いてある。

『一度時間を取って、きちんと話をしなきゃ』

って。

それなのに、確かに一方的に甘えた俺が悪かったけれど、だからって自分の仕事に夢中で、話をする機会も与えてくれずに、「別れよう」か。

あんまりだよ。


けれど、その一方で、『昭吾はただ愚痴りたかっただけみたいで、私の言うことには反応せず、いつも最後には「今日も聞いてくれて、ありがと! 」と言って一方的に電話を切るだけだった』という部分は、昭吾の胸を突いていた。

そういえば、理佐はいつも何か言ってくれていた。

でも、俺はただ単に話を聞いてほしかっただけだった、だから、何を言われたのか覚えていない。理佐はこんな風に考えて、こんな風に言ってくれていたのか。

『甘ったれ』か。本当にそうだな。


文字で書かれた昭吾の言動は、本当にただの甘ったれた子供のようにしか思えなかった。他ならぬ昭吾自身にさえも。


ただ、一つ、昭吾は否定したかった。本の中の理佐に向かって言いたかった。

違う、違うんだ、理佐。俺は仕事を任されたわけじゃない。山岸先輩は、自分で資料をとっくに作っていたくせに、俺に資料を作らせた。無駄な作業をさせた。それは、理佐が思っているようなことじゃない、企画を任された理佐とは違うんだ――。


「そう、思います? さて、どうなんでしょうね? 」

本棚にもたれ掛かり、うなだれた昭吾に向かって、いつの間にか目の間に立っていた店主がそう言った。

昭吾は顔を上げて、店主の顔をじっと見つめた。

今となってはもういいけれど、本当に、こいつは何者なんだろうな、なぜ俺の考えていることが分かるんだろう。変なやつだ。おっと、これもお見通しなんだろうか。

そう思いながら、丸縁眼鏡の奥の緑色の瞳――こいつ、これ、カラコンか?と疑問を抱きながらも――に促されたような気がしながらも、昭吾は、手にした本のページをめくった。


―そんな気がしたよ。さあ、もう何でも来いだ。

「山岸の章」

そこにはそう書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る