正体
ホテルに戻るとカウボーイが無言で頷いた。スティーブはそれに気が付いたが、不思議な面持ちで私を見ただけだった。
部屋に戻ると、死体は片付けられ真新しいシーツに交換してあった。カウボーイの素性は分からないが、どうやらあのキャラクターは作られたものらしい。綺麗になった部屋を見て、スティーブが疑問を投げかけてきた。目立ちたくないために、ホテルへの道すがらはみな一様に口を開かなかったのだ。
「随分とサービスの良いホテルだな」
皮肉混じりの言葉が出ると、私に向き直り質問を浴びせた。
「何が有った?」
私は今までの経緯をスティーブに説明した。大佐のこと、そこで見た報告書のこと、兵士に同行者が殺されたこと、そして襲ってきた男のことなどだ。その間スティーブは黙って聞いていた。一通り話し終えると、ゆっくりとスティーブは口を開いた。
「その男たちは、我々も見た。桟橋に上陸した兵士の一部だろう」
そう言ってその時の話を詳しく話してくれた。その後時間を見計らってハーバーを出ようとしたが、ドラム缶脇での殺戮を見て、動くに動けなかったとも付け加えた。
「そりゃ、恐ろしい光景だったよ。いつも笑って話しかけるおじさんが、行き成り隣の男に飛び掛り食らいついたんだ」
スティーブは身体を震わせるように揺さぶった。
「でも、その大佐達もおかしいな……。私設軍隊など要らないだろう」
スティーブの疑問は大佐たちにも向けられていた。
「でも、あのニコニコ笑う人間たちのように凶暴化するのなら、理性ある人間に戻る時もあると、言うことだな」
私は、今しがた倒した男たちのことを思い浮かべ、まともな話し方をする大佐と比べて話した。
「そうだな……。実際に凶暴になるのも、時間的な制約が有るのかも……」
スティーブもこのことには、はっきりとした答えを見出せないでいた。そのとき、山口が重い口を開いた。
「私は、見たんだ……」
「え?何を見たんだ?」
スティーブは山口に向き直り、次の言葉を待っているかのように急かした。
「大佐の変貌振りさ」
山口の答えは私さえをも驚かす答えだった。
「あれは、凄まじかったよ。まるでライオンが鹿を襲うような感じさ。とても人間とは思えなかった」
「君は見ていたのか?」
私の質問に山口は頷き話を続けた。
「内緒にしていて悪かったが、私は日本政府の人間です。国家安全保障局の者です」
確か内閣に直轄された秘密の部署だと聞いたことがあった。意外な告白に私もスティーブも驚いたが、その驚きを気にも留めずに山口は話を続けた。それは想像すら出来ない事柄だった。
「医薬品の横流しを追ってここまで来ました。医薬品はこれからの日本でも需要は増える一方でしょう。今あるからと言って、横流しするわけには行きません。そして、部下数名とこの地まで追いかけ、その全容を掴むことに成功しました」
そこで山口は思い出したくもないような出来事を、涙ながらに話し続けた。
「その時は、凶暴化の話はまだ出ていなくて、大佐と面会を求めたのです。平和的解決を願ってね。食料は日本もほしい、だから歩み寄る余地が有るはずだ。それが保安局の考えでした。ところが、面会の最中に大佐は変貌した。私の同行者を一人残らず血祭りに上げたのです。しかし、いつの間にか大佐は普通に戻り話を続けたのです」
山口の嗚咽が、静まり返った部屋に響いた。
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