野獣との闘い

 男の動きは動物そのものだった。大きな口を開け、首筋に飛び掛ってきたのだ。人間の戦いには見えないほど野獣だった。

私も武道では些か腕に覚えがあるものの、その恐ろしさに一瞬身体を硬直させてしまうほどだった。

いつもニコニコ笑っていた男に、もはや人間の理性は感じられなかった。男の口が首筋に食い込む寸前、私の拳が男のみぞおちに食い込んだ。

しかしその身体は猫のようにしなやかに飛び退き、倒すまでの衝撃は与えられ無かった。男はそれでも無闇に飛び掛るのは、諦めたようだ。

拳を放った時には、既に私の身体はしっかりと腰を落とした構えに入っていた。野獣のようになってもその隙の無さに躊躇したのだろう。遠巻きに動き唸り声を上げるだけだった。その声に反応したかのように、草むらから3人の野獣と化した男たちが現れた。凶暴性もこれほど酷いとは思っても居なかったのだ。そうと分かっていれば武器になるようなものでも携帯していただろう。

4人?になった男たちは、私からある程度の距離を保って、しっかりと取り囲んだのだ。僅かだとしても、人間の知識は残っているようだ。

武道の心得が有るとしても、四方を囲まれたうえに相手は人間とは思えぬしなやかな敏しょう性を持っている。正直、分が悪い。

特に後方に位置した男の動きが読めない。人間のような殺気が感じなれないのだ。

あたかも獣が草むらで獲物を狙うように、その存在すら消すように掴めないのだ。

私はゆっくりとだが確実に移動を始めた。ドラム缶に近づいたのだ。

囲んだ男たちもそれに合わせゆっくりと動く。私の目は真っ直ぐに正面の男を見据えている。私が目を逸らせば一斉に襲い掛かるだろう。

この、ニコニコと笑っていた男がリーダーのようだ。だからこそ、目を逸らせないのだ。やがて炎の燃え上がるドラム缶を背にして立つことが出来た。これは背後の男の行動を抑制するためでもあった。私と男の間には、燃えさかるドラム缶がある。

少々背中が暑いがこれで、前と左右の男たちに集中できる。幸い、足元にも角材が転がっていた。ここからが勝負だった。

ゆっくりと腰を下ろし角材に手を伸ばす。角材に手が触れた瞬間、正面の男が唸り声を上げた。同時に背後の男が炎を燃え上がらせるドラム缶を余裕で飛び越えてきた。頭上から襲い掛かる野獣と化した男。

右手に握り締めた角材が宙を舞う。重い衝撃が角材を通し私の肩に感じる。手応えは十分に有った。角材の端から男は飛び去った。

飛び去った位置で男は地面に崩れ去る。見ると男の胸には、半分に折れた角材が突き刺さっていた。

それを見て3人が一斉に飛び掛る。手には短くなった折れた角材のみ。そのとき、一本の銛が私の前に投げ出された。

回転しながらその銛を掴み襲い掛かる男に突き出す。手応えはある。同時に回わし蹴りを右から飛び掛る男の側頭部にめり込ませ、その反動を使って左から来た男の脳天に踵落しを見舞った。一瞬の出来事だっただろう。無念の表情を浮かべた男が、胸から血を流し地面に崩れ去った。側頭部を砕かれた男は歪んだ顔面を地面に叩きつけて息絶えた。脳天を割られた男は、呻き声を上げながらのたうち回っていた。

スティーブと山口が駆け寄ってきた。やはり銛を投げ込んでくれたのは、スティーブだったようだ。

「流石だな」

スティーブは地面に転がる男たちを見て大げさに首を振った。

どうやら、この男たちが何人もの仲間に襲い掛かるのを目の当たりにして、ハーバーから出られなかったようだ。ここに長居は無用だ。いつまた凶暴になった野獣化した者たちに襲われるか分かったものではない。



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