変異株
日本は発症が遅かった分、病原体の研究は進んでいた。そして新たな症状が発見されたと、記されてあった。
発信元は『国立免疫科学研究所』と書かれていた。ここには友人がいたはずだが、今は確認を取る術はない。
新たな症状は、突然の凶暴性と過剰なほどの防衛本能だった。この両極端とも言える症状は、言い換えれば同等だとも記されてあった。
守るために戦うのだ。それは白人に多く見られるが、発症の遅いアジアではこの症例も遅れが出ているのかも、と記されていた。
この報告は現状を見ても、納得できるものが有った。
大佐の言う『この騒ぎに乗じて……』は、紛れもない防衛本能だと思えたのだ。そうなれば行き成り凶暴性を発揮するかも知れないのである。
この症例は同居しつつ、互いに反響し合うとも記されていたからだ。今の大佐の態度からは想像すらできないが、顔の傷は紛れもなく新しく付いたものだった。実際に私が危険人物だと大佐が認めたら、一気に襲い掛かるのは明白だろう。大人しく従順なふりをしなければならない。ここに居る部下も同様な症状があってもおかしくないからだ。
でも、何故そんな症状が出るのか。まるで石器時代の人類そのものに思えた。やはりスティーブと立てた仮説は正しかったのだろうか。
大佐の表情は変わらない。どうやら私を危険人物とは思ってはいないようだ。第一に私は危険ではないからだ。それを本能的に見抜いているのかもしれない。
しかし状況的には圧倒的に不利な状態と言わざるを得ない。部下の肩には自動小銃がかけられ、見えないが大佐の腰のホルスターにも拳銃は差し込まれているはずだ。いくら在米期間が長かったとは言え、これだけの武装兵士に囲まれたら気分は良くない。ここは大佐の申し入れを快く了承するしかなかった。
「では、仲間に伝えてきます。日本に行くためには協力させてもらいます」
「そうか、頼りにしてるぞ。脅かせば簡単に済むが医薬品はどうしてもほしいのでな」
私が立ち上がり一礼すると、大佐が先ほどの黒人に頷いた。どうやら同行させる気らしい。現状ではどう足掻いても逃げ出す術などないにも関わらずだ。信用されていないことは、これでよくわかった。しかし大佐は平然と語った。
「君が怪我でもしては困るからな」と。
しかも黒人のほかに2人も同行者が現れたのだ。見た格好は同じような平服だが、動きは兵士そのものだった。
まあ、帰りはスティーブと山口が一緒になるはずだ。だから人数を増やしたのかも知れない。しかし山口が何も言わずに付いてくるかが、疑問だった。山口は目撃者でありそれを感知されて逆に監視されていたのだ。大佐は山口が誰かとコンタクトを取るのを、予想していたのか、予め知っていたようにさえ感じられた。そうなると、山口は何らかの組織の一員とも考えられた。
しかし今は、この状況を三人で乗り越えるしかないようだ。
「やあ、お帰りなさい」
カウボーイの南部訛りがフロントの中から聞こえた。そう言われれば東部の発音とは、若干違うようにも聞こえた。
東部といっても住んだ事はない。拠点は西海岸にあり、仕事の打ち合わせとなどで訪れただけだ。そこで思ったことは、アメリカは広いと感じたことだ。国内線を使ってもゆうに半日以上かかる。車での移動などとてもではないが身体が持ちそうに無かった。
一度ラスベガスまで車で行ったが、わずか隣の州まででも、半日はかかったのだ。その代わり砂漠に浮かぶネオン輝くオアシスを見た時、感激のあまり大きな声を出してしまったほどだ。永遠とも思える直線道路の先に、そのオアシスは待ち構えていたのだ。
話によれば、カウボーイはユタ州だかアリゾナ州の出身らしいが、その州ではほとんどが死に絶えたらしい。
やはり環境にも左右されるようだ。聞いたところによると、サウジアラビアの砂漠地帯とも似ているらしい。
「二人は?」
「部屋に居ますよ」と、カウボーイは首を階段の方へ振った。
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