捨てられた艦
「我々の目的と君の役割を説明しよう」
大佐はそう言って自分の背もたれ付きの椅子に深く腰を下ろした。
既に私の参加は決まっているような口ぶりだった。
「日本と取引しているのは、我々だ。そこで君には、交渉の窓口に立ってもらいたい。近頃の奴らは急にがめつくなりおって、こっちが下手に出ているのを良い事に、法外な要求をしてくるようになった。我々は医薬品がほしい。これだけの軍を養えばそれなりの怪我人も病人もで出る。どうだ、引き受けて貰えないか?同じ日本人同士なら、話も通じやすいだろう」
「仮に私が話してもそのまま日本には行けませんね」
「無論、何度か話し合いをしてもらいたい。そして互いに納得できる条件が揃えば、必ず君を日本に送り届けよう」
大佐は地図をデスクに広げ、私を手招いた。
「ここは元の海軍基地だが、ここに、我々の戦艦がある。とは言っても廃船に近い駆逐艦だがね」
大佐はアブラ港の一点を指差した。いくら廃船の駆逐艦とは言え、国防省が放って置く筈はない。私はその疑問を投げかけた。
「本土からは何の打診もないのですか?廃船とはいえ、まだ立派に動くのでしょう」
「国防省には、廃船にしたと報告してある。既に解体済だとね」
大佐はこのときレーダーに映る自分たちの船影を、国防省が確認しているのを知る由もなかった。そもそも、本土の軍がまともに機能してるとは微塵も考えてはいないようだった。
そのため確認の意味を含めて海軍特殊部隊が今、ここに向かっているのも想像すらしていなかったのだ。
「それでは、私が上手く話をまとめれば、送り届けてくれるのですね」
「うむ、そのつもりだ。君がここに残っても、他には役に立ちそうもないしな」
「私の連れも一緒ですね」
「交渉の時は君一人で行ってもらう。仮に奴らと組んで逃げたとしても、駆逐艦の標的になるだけだが、面倒なんでね」
初めからスティーブは人質として使う予定らしい。山口も同じだろう。これで山口がこの連中と同胞との疑いはなくなった。
これで今の状態は把握できたが、肝心の病原体については何も言わなかった。
私はこの状態を生んだ病原体の話しを切り出した。
「例の病気はどうなってますか?大佐のところでは、情報が入るのではないですか?」
近頃では、テレビもラジオもほとんどのメディアが放送を取りやめていた。
「ああ。ある程度なら情報が入ってくる。全てとは言わないが、数カ国の情報は傍受している。聞きたいかね?」
「もちろん、どうなっているのか、特に日本はどうなっているのか、知りたいですね」
「では、引き受けてもらえるね?」
私は頷くより仕方がなかった。もしも断れば秘密を知ったと殺されるだろうし、スティーブ達にも危険は迫るだろう。
「ただし、私からスティーブに話します。良いですね?」
「それは構わんよ。では、病原体のことを話そう……」
そう言って大佐は部下の一人に合図を送った。その部下は他のデスクから何枚かのプリントを持って来て、私に差し出した。
プリントにはそれぞれ国の名前が記されていた。その中に「ジャパン」の名を見つけ、私はそれを抜き取り読み始めた。
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