ハーバーにて


 スティーブの居るところに遮蔽物はない。彼は諦めたかのように仰向けになり寝転んだ。仮に見つかっても寝たふりをするつもりでいた。

どう見てもアメリカ人のスティーブは、疑われずに済む可能性もあったのだ。下手に動くよりもましな行動に思えた。あくまでも希望的観念だが、それに賭けた。

問題は山口だ。幸いにして山口の直ぐ後ろには桟橋の小屋があった。網など漁の道具用の小屋だろう。スティーブは手で合図を送り、小屋に隠れるように促した。

山口も理解したように、ゆっくりと小屋へと後退していった。エンジン音は直ぐそこまで近づいていた。スティーブはポケットからウイスキーの瓶を取り出し、一口流し込んだ。飲むためではない。口の中でウイスキーを転がす間、身体にも瓶からウイスキーを振りかけた。元来飲まないスティーブはそれだけで酔いそうだった。いざという時の為のカモフラージュ用で常備していたのだ。

酔っ払いのふりをするために。山口はその間に小屋へと身を隠していた。桟橋は見晴らしがいい。こちらから見えるということは、相手にも見えることも予想しなければならない。張り込みを開始してから、常にボトルは持っていたのだ。ボートのエンジン音は徐々に回転数を落とし、丁度桟橋のへさきで止まった。スティーブの直ぐ足元だ。

おそらく上陸してくるのは間違いがなさそうだ。波の音が木製の桟橋の橋げたに打ち寄せる音と共に、何者かが上ってくる音が聞こえた。

スティーブはわざと寝言のような唸り声を上げた。行き成りだと驚いた拍子に……。何てこともありえるからだ。

案の定、這い上がる音は一瞬止まったが、直ぐに動きが開始された。スティーブの直ぐ近くまで、何者かが近づいた。

一人ではない。複数居るようだ。突然スティーブは蹴飛ばされ目を開けた。軍足だろうか重い衝撃がスティーブの横腹にのめりこんだ。

「痛っ!誰だ!」

もちろん酔ったふりは忘れない。薄目を開けるスティーブは強制的に立たされた。

「けっ!臭えな。この酔っ払いが……」

吐き捨てるような台詞がスティーブを襲う。

「な、なんだと」

酔ったふりをしながら、彼らを見ると軍人だった。暗視スコープを片目にかけ、アサルトライフルの銃口がスティーブに向けられていた。

その時、小屋の方で3発の銃声が鳴った。

「お前たちはなんだ」

銃声に驚き、つい声を荒げて分かりきっていることをスティーブは吐き捨てた。

「うるさい奴め。黙らしてやろうか?」

そう言った兵士の銃を握る手に力がこもった。

「オーケー。分かった。勝手にしてくれ、俺はもう少し寝かしてもらうぞ」

スティーブは両手で制止するような合図を送り、その場に座り込んだ。

兵士の銃はその動きに合わせるように、スティーブの頭部から狙いを外さなかった。

「おい、行くぞ。酔っ払いなど構うな。ここまで臭うぞ」

チームのリーダーだろうか、その男の言葉を聞くと狙いを定めていた兵士は、スティーブに唾を吐きかけ立ち去った。

6人は居ただろうか。みな重装備の兵士だった。明らかに国防軍のようだが、こんなところで何をしているのか。

スティーブは6人が居なくなるのを見計らって、千鳥足を装い小屋まで移動した。さっきの銃声は誰に向けられものなのか、それとも……。

山口が心配だった。小屋に入り小さく声を出した。

「大丈夫です。ここに居ます」

それは山口のたどたどしい英語に間違いはなかった。どうやら単なる威嚇射撃だったようだ。しかし何故、銃の発砲などしたのだろうか。闇夜には響き渡る愚行だ。

そもそも、訓練された兵士が闇に紛れ上陸する必要があるのか、しかもここは本土から離れているとは言え自国内だ。隠密の作戦であったとしても腑に落ちなかった。まるで国内で戦争でも始めるような殺気さえ感じたのだ。


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