BANK


「ここだ。入ってくれ」

黒人が連れてきたのはとあるオフィス風のビルだった。オフィスといっても大きな建物ではない。ホテルからマリンドライブを西進した繁華街の一角だ。

この道を真っ直ぐに行けば、米海軍基地の有ったアブラ港へと続いている。島の北部にはアンダーセン飛行場があり、港と飛行場の中心あたりだった。

ここには元々チャロモ人が住んでいたが、今ではほとんどその姿を消していた。

どうやら、白人に集中的に襲い掛かった病原体を恐れてのことだろう。

厳密に言えば、グアムは州ではない。準州、自治区なのだ。よってここで展開している州軍はハワイなどから派遣されているのだが、その数は少ない。

本来ならば太平洋西岸の軍事重要拠点として、朝鮮や中国などに向けた、最前線基地になるのだ。その結果一時は島の3分の1までもが米軍事関係施設になっていた。

もう一つ、観光人種は日本が群を抜いて多かったため、民間の間では日本語も多く取り交わされていた。山口が生きてこれたのもそのお陰だと聞いたことがあった。

しかし目の前の黒人は明らかに軍人崩れだろう。日本語など一言も口にしないからだ。

大抵の人間は挨拶する時に日本語で声をかけたのに対し、黒人は終始英語だけで通したのだ。入る時に見えた文字は『バンク』だった。

ビル内はしっかりと整理され、これから会うであろう人間の規律と指導力には些か興味を持った。

黒人の男も今ではチャラチャラした歩き方はしていない。訓練された人間だとは一目で理解できる。服装も言葉使いも全ては演技だったようだ。

「ここです」

そう言って男が促したのは、元は地下金庫室のようだった。厳重な扉と抜け中に入ると、綺麗に整頓された軍事オフィスと、糊の利いた軍服に身を固めた男たちが、忙しなく動き回っていた。その奥の部屋へと案内され、私に紹介されたのは、アブラ海軍基地の大佐だった。いや、元大佐だった。

「わざわざすまない。こちらにも事情があり、大っぴらには行動できないので、勘弁してもらいたい」

そう言って右手を差し出した大佐は50半ばを越えたところだろうか、引き締まった筋肉はいまだに健在の様子が、軍服を通しても感じ取れた。しかし何故、再編成されたはずの国防軍がこんなところに居るのかが疑問だった。大半の軍は本土に戻り本土の防衛に翻弄しているはずだ。そんな私の疑問を見透かしたのか、大佐は続けて口を開いた。

「不思議に思うだろうね。しかし世界がこんな状態でも、我々は監視を怠るわけにはいかんのだ。混乱に乗じて……などと言う不届き者は居るのだからな。現に歴史がそれを証明している。ただし、歴史と違うのは、これは大統領の意思ではではない。ということだ、かといって派遣されているヘナチョコの州軍でもない。孤立した軍なのだ」

話しながら興奮しだす大佐に、私は恐怖と哀れみを感じた。自分の言葉に酔い、正当性を語る口調はいかにも気の狂った人間に感じたからだ。だららこそ、ここでは話をあわせることにした。怒られせたら何をしでかすか分からないからだ。周りの部下たちはこの大佐の熱狂的な支持者なのだろう。直立不動で立ってはいるが、言葉の節々では黙って頷いていた。

その後も大佐は何故に自分たちがここに居るのかを延々と話続けた。やがて

「珈琲でも飲むかね?本物だぞ」

と、私が黙って聞いていることに気分を良くしたのか、部下に持ってくるように命じた。珈琲が運ばれた時、ようやく私は目の前の椅子に腰掛けるように言われたのだ。

「気が付かずにすまんな」

言葉とは裏腹な感情が見え隠れした。ようは信用できない男に見えたのだ。


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