医療品


 それから我々は山口が会話を聞いたと言うハーバーに張り込むことにした。3人では目立つ理由から、2人での行動をとるようにした。

山口は外せない。よって、山口と私たちの2人のどちらかとがチームを組むことに成るが、スティーブはあからさまに難色を示した。

無理も無い。よくみても日系人の2人組が、何度もそんなところでうろついていれば、目立っても仕方が無いからだ。

できるだけ、山口と私を組ませまいとスティーブは毎晩自分が名乗りを上げた。

時間も場所もはっきりしない所での張り込みは、疲れる以上に無謀にさえ思えた。

人相だけは山口から聞いていた。張り込みはスティーブに替わって貰いながら、私は夜の街を徘徊した。もちろんあてもなく彷徨うわけではない。人相の近い人物を探すためでもあった。何度か回った人の集まる場所に、積極的に足を運んだのだ。中には顔見知りもいる。

武道の心得があることさえ知っている者もいた。何度か喧嘩になりスティーブと私とで軽く相手をしてやっただけだが、みんなの注目は私に集中した。スティーブは見るからに強そうだが、2回りも小さい東洋人の動きに驚いたようだ。日本の武道は世界各地で盛んに行われていたが、実際に見るのは初めてという人間が多いようだった。それからは私を見ても挨拶する人間が多くなったのだ。

その噂が広まるには大して時間はかからなかった。お陰で一人で出歩いても、危険を感じることはなかった。

ここにも軍服を着た人間が多く居るのを、私は以前来た時に確認していたのだ。

「こんばんは」一人の黒人が声をかけてきた。

「こんばんは」私は無表情で答えた。

「あんた、例の日本人だろ?」男の言うことは分かっていた。どこかで噂を聞いたのだろう。しかし、私はしらを切った。

「何のことだ?」

「いいって、わかってるからさ。それより情報を買わないか?」

「情報?買う?金でもほしいのか、今じゃ価値は無いぞ」私の言葉に男は一瞬身構えた。

「おいおい、睨むなよ。あんたにとっても良い情報なんだが……」

私はそれまで歩き続けていたが、そうやらこの男は諦めそうも無い。立ち止まり男の目を見据えて尋ねた。

「私のほしい情報は分かってるはずだ。それに見合う情報か?」

「もちろん、あんた達が日本に行きたがっていることは、先刻承知だぜ」

「その見返りは?」

「あんたの腕さ」

そう言うと男はニヤリと笑った。黒い顔に白い歯が光る。夜だとその白さが余計に目立った。白目も光を発するように輝いていた。

どうやら私の武術の腕を買っているようだが、まっとうな事のためとは思えなかった。私は無言で歩き出した。

「おい、情報いらねえのか?」

「私を買いかぶり過ぎだ。情報は自分で集める」

そう言い残し私は立ち去ろうとしてた。しかし男の発した一言は私の足を止めるには十分だった。男の発した言葉は『医療品』

その言葉の持つ意味は、必死に張り込んでいるスティーブへのご褒美に聞こえた。足を止めた私の側に男が駆け寄った。

「聞いたんだろう。取引の話を……」

それはこの男と山口の繋がりを感じさせるものだった。


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