遠い地


 スティーブと私は、船員の真似事のお陰で徐々に体力を戻しつつあった。

さすがに元フットボールプレイヤーのスティーブは、衰えたとは言えがっしりとした体格は保っていた。私の場合は少々空手と柔道をかじったくらいだが、持久力には自信があった。スティーブから見たらそれだけでも凄く見えるらしい。

当然の事、ちょっとのことでは根もあげない。やがて体力も戻り、他の船員も驚くほどの仕事をこなし始めた。日本行きと言ってもまっすぐに向かうわけではない。

多くの漁場で水揚げをしながらの航海だ。途中ハワイで何度か給油しながら近場の漁場を何度か回った。この時のハワイは州軍により統治されていた。

燃料や食料の配給も州軍によるものだ。食糧確保の漁船などは優先的に燃料の配給を受けることが出来て、当初の心配は無かった。けれども、あくまでもハワイ近海での漁であり、日本への道は遠かった。

それとは対照的に都市部の商店などは暴徒にあらされ始めた。そして暴徒が次の狙いをつけたのが、農村や漁港だ。流石の大統領も警察組織だけでは手に余ると考え、州軍の出動となったのだ。

この時点で大統領は3人を失っていた。前任者が次々と病に倒れたから仕方が無いのだが、現在の大統領は軍国主義者としては有名な男だった。州軍出動は彼らしい考えだったが、暴徒の鎮圧は成功し、人々の生活は安定を見せたのだ。それでも、かなりの強硬策だったようだ。火山地帯のハワイは作れる作物にも制限があり、漁船など燃料の続く限りは休む間もなく操業に駆り出された。それはここハワイでも例外ではなかった。

「いつになったら着くんだ」とうとうスティーブが疑問を声に出した。

「うん……。そうだよな。もう、4ヶ月か……」

私もずっと気になっていたのだが、誘った私から弱音にも似た言葉を吐くわけにはいかない。そう思い我慢していたのだ。

当初船長の話では、魚場を回りながらだから、2ヶ月以上はかかるぞ。とは言われていたが、既に倍の日々が過ぎていた。その晩は堪えきれずに二人で船長の船室を訪れた。

「その件か……。まあ、これを見てくれ」船長から渡されたのは、横須賀の基地から送られた文書だった。そこには……。

<船長には悪いが今の日本は治安が悪い。我々の基地周辺も、市民団体などによる海上封鎖をされている状態だ。日本政府も手を打ってはいるが、今のところらちが明かない状況である。我々としても、その船舶数が多いため、全ての船舶の護衛も出来ない状態だ。しかし日本の燃料も底をつくだろう。そうなれば邪魔されること無く入港できるはずだ。それまで待機してほしい>

正直言って私にはショックが大きかった。そこまで緊迫した状態だとは思っても見なかったのだ。日本の軍隊は自衛隊だけだ。例え海上封鎖など行っているとしても、そのような国民に対して軍事行動をとることは出来ない。略奪者の射殺など出来ない芸当だろう。無法地帯と化しても仕方の無いことだった。

しかも、両親や妹の安否は掴めないままだ。私の呆然とする態度を見て、船長は口を開いた。

「大丈夫だ。きっと日本に行ける時が来る。それまで頑張ってくれ。君たちの能力は高く買ってるよ」

私は黙って頷くしか出来なかった。スティーブは私を抱え船室へと連れ帰った。

「どうする、このまま待つか?それとも、次にハワイに入港したときに別の手を捜すか?」

「このままじゃ、いつになるかわからないしな……」

だからと言って、ハワイに降り立っても日本に向かう手立てが有るわけではなかったが、この時間が無駄に思えて仕方なかったのだ。

ハワイの人口もかなり減っていたが、それなりの生活はしていた。それでもほとんど国交のなくなった国への渡航は、困難極まった。

結局は、入港したときに船長に別れを告げ、もっと小さな船に乗り込むことにした。小型船舶の方が、色々な方面で漁をしていることが判明したからだ。どうにか他の漁船に乗り込み、グアムまでは近づくことが出来た。

ところが、その先は一向に進展しなった。そんな時ニュースで流れたのが、病原体の変異だった。それによってアジアでの大規模な拡散が始まったと、中国を初めアジアの各地で調査していた専門家は言っていた。

「本当に日本に帰れるのだろうか」私は祈るように呟いた。


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