証明と誤算


 それからと言うものは、その年代の女性が多く研究対象にされた。

その研究で分かったことは、全ての女性が感染していた事。しかし病原体は発見されたものの、繁殖さえ行わずに安定していた。じっと体内で大人しくしているのだ。

ところが、生理が上がるや否や活動を開始する。その時を待っていたかのように。

若い年代で発病し死亡した多くの女性は、ピルの常用者だった。

日常的にピルをのみ、生理を無くしていたからに違いない。

ただし、ピルと言うのは身体が妊娠している状態にさせるものだが、実際の妊婦には発病者は居なかった。誤魔化しは効かないと言う事だろうか。

女性ホルモンの関係だと研究者は躍起になったが、これも的外れだった。

ただこれだけは言えるかも知れない。病原体も次の宿主まで失いたくはないのだ。

ただ、どんなホルモンを与えても、シャーレの中の病原体は活発に働き、ホルモン自体を破壊したのだ。それは奴らの生き残る本能なのかも知れない。

しかもそれが理由だとしたても、アジア人が発病しない理由付けにはならなかった。そんな時とうとう、中国でも発症は起きたのだ。当初中国はそのことをひた隠しにしていた。隠蔽していたのである。

そして何食わぬ顔で、国交を回復すると言い出したのだ。これには各国ともに疑惑の目を向けた。そして明らかになったのが、急激な国内での死亡者だった。

何故急に発生したのか、中国は釈明も謝罪すらせずに各国に救済を求めた。

渋々ながら研究者たちは中国を訪れた。そして、直ぐにアジア各地でも病原体に因る死者が急増し始めた。もはや、世界のどこにも逃げ場はなかった。

このとき既に、地球の人口の半分は死滅していた。サウジの事件から2年しか経っていない。各国の研究者たちも次々と病に倒れたいった。

もう、研究どころの話ではなくなっていたのだ。食料も、燃料も全てが底をつき始めていた。生きるだけで精一杯の状態だ。私とスティーブも研究施設を追い出された。閉鎖を余儀なくされたのだ。兎に角、私は日本に帰りたかった。そして発生から3年目のある日、そのチャンスが巡って来た。

「君はどうする?」私はスティーブに聞いた。

「私の家族はもう居ない。友人も多くを失った。今は君だけだ……」スティーブの家族は、二人が研究所で検査に負われる最中に亡くなった。

『行かなくていいのかい?』

『死んじまってからでは遅いさ』

『でも、埋葬とかには困るだろう?』

『済んだそうだ。埋葬と言うよりは処理と呼んだ方が早そうだが』と。それ以来、彼の家族の話が語られることはなかった。そんな過去があり、スティーブは同行を決意したのだろう。

「分かった、一緒に行こう」

世界が平和の時には、12時間も我慢すれば、日本の地に降り立つことが出来たが、今回はそうは行かなかった。海洋資源の調達……。簡単に言えば漁船に乗り込んだのだ。ただし漁船といってもマグロのような大型な魚のための漁船。

太平洋を渡るのには、何も問題の無い大きさだ。唯一つ……。燃料の心配だけだった。燃料は国内の油田が総稼働し、船舶などには優先して回していたが、あくまでも本土の沿岸地域が優先だったからだ。それでも、大型の魚が捕れる遠洋への期待は大きく、各国はこぞって食料の宝庫、海へと向かったのだ。その点アメリカでは他の国を尻目に、食料は自給自足できていた。小麦が国民の腹をどうにか満足させていたのだ。一時は放置されていた畑も今ではとうもろこしなど、盛んに作られていたが、人口の減少によってアメリカは食糧難をどうのか回避していた。しかし、いつまで続くかわからない現状に、政府は遠洋漁業にも力を入れていたのだ。

船はロングビーチの沖合いに停泊していた。サンノゼからは10時間近い車の移動になる。ロスの家は処分したため、ここからの出発は仕方のないことだ。

しかしもお客扱いではない。船員と同じに職務をこなさなくてはならないのだ。

検査に因る隔離生活で、私たち二人の身体は、昔のような元気な身体ではなくなっていたが、その身体に鞭打ちながらも船員の真似事を続けていた。


 その頃日本でも、人口減少により食糧難は回避されたが、治安は悪化の一途を辿っていた。ここ、沼津も例外ではなかった。長い期間アメリカに渡ったきりの息子とは、連絡さえ付かない。漁港と言うだけ有って暴徒の襲撃は日常茶飯事だった。

「イチローはどうしたものか……」

年老いた男は横に座りお経を唱える女性に独り言のように呟いた。

「……そうですね。妹の死も知らないなんて」

お経の言葉を止め女性は答えた。ただし、その目は正面の写真から離れることは無かった。

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