第3話 誤解は氷が溶けるかの様に
お客様に無理を言って、詳しくお話を伺う事になりました。
店長には、休憩時間を過ぎてもいいからと言われましたので、しっかり背景を教えて頂かなくては。
どう考えても、あのコーナーに参考書が有るとは思えません。百歩譲って何らかの参考書があるとしたら……どのジャンル? 内容によっては専門店へ行って頂かないとお求めになれない事もありますし……お取り寄せだと時間が掛かりますもんね。
私たちは、立ち話もなんだからと、近くのファーストフードのお店へ入りました。
……私は……そこで、とんでもないお話をさらっと伺ってしまったのです。
「……え……? お客様の、弟さんと……? 」
「そう、弟と、奴と同い年の従兄弟なんだけど……」
私たちは背中を丸めて、ひそひそと小声で話しました。彼も私も小さいとは言えない身長です。背中を丸めると、ちょっと怪しい二人になってしまいそうでしたが、このお話は普通にお聞き出来ません。
「なんか、二人ともげ……ゲイだったらしくて。二人していきなり家族に発表したんだよ……二年くらい前になるかな」
「……カミングアウトなさったのですね?」
「あ、そう言うらしいね。俺は最近知ったんですよ。それ」
言葉が、次の言葉が出てきません。二人で目の前のほんの少しぬるくなったコーヒーを飲むしか出来ませんでした。……あ、お砂糖を忘れていたのを忘れていました。心無しか……苦いです。ブラックですからね……。
私は、正直に謝りました。
「申し訳ありません。私でお役に立てるならば、と思いましたのですが……」
「あ、あの、あなたは詳しそうなんでぶっちゃけ話したんだけど、なんか参考になりそうな本とかないですかね?」
彼は、すがるような目で訴えていました。
ああ……それで弟さんが関係あったのでしたか。良かった。近親相姦ものをお勧めしなくて。もう少しでご立腹されるところでした。
「それで……『参考書』と仰ったのですね?」
「そう、そうなんです。友達が、そこへ行けばたくさん種類があるから行ってみろって」
彼はため息を付いて、コーヒーを飲み干しました。
そのお友達の方は、アドバイスとしてはいささか大雑把すぎやしませんか……? もうちょっと、こう、方向性を絞って頂くとか……?
さあ、どうしましょう。彼に参考となる書籍やコミックス……どんなジャンル? ノンケに恋をする男性が主人公のケース?
あ、恋愛問題じゃないかもしれない?
『あのぅ……どのような事を参考にしたいのですか? えっと……差し支えなければ、教えて下さい」
そうよね。それによっては、お勧めできない物もあるでしょうし。
すると彼は、またサラリと難しい事を言ってのけました。
「あー、そうですね。アイツらの日常にどうやって馴染んでいけるか分かれば最高かな?」
えっ……?
「日常……生活、ですか……? 」
恋愛問題とかではなくて?
「そうですね。それがワケ判んなくなっちゃったんですよね。だから、アイツらとどう接触すればいいって言うか……なんか自分の弟と従兄弟なんだけど……身構えちゃって。どうにかなんないかな、って悩んでる最中で」
……それで『BLコーナー』は難しくないですか……?
私は……いえ、私まで一緒に悩みの渦の中に巻き込まれてしまいそうでした。
現実世界でこの様なタイプの方々の日常生活には無縁でしたので。
「……私にご希望の書籍やコミックスが探せるかどうかハッキリ申し上げて自信が全くありません。申し訳ございません」
「……やっぱ、難しいですかね……」
ああ、そんながっかりされたお顔をされてしまうと……困ってしまいます。何とかして差し上げたい。私に出来るかどうか不安ですが……。
見つけられるか保証は出来ませんが、一応試させてくださいとお願いして、お互いの連絡先などを交換してお店を出ました。
これが私たちの全ての……歴史の始まりでした。
彼は「黒歴史」と呼んでいるようですが。
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