第2話 老婆のような少女
「なぜ?そのことを…」
「君には自ら命を絶ちたいって人の死気を感じて…それを喰らう力があるの」
「え?喰らう?なにそれ?そんな力…僕…欲しくないし、先週リストラになって仕事も…探さないと」
「仕方ないのよね…選ばれちゃったんだから…」
「選ばれたって…なんで?なんで僕なんですか?」
僕はその老婆のような少女を睨みつけて言った。
「私が決めたんじゃないから…」
そう言って老婆のような少女はニヤリと笑った。
「ただし…それが使えるのは3度まで…」
「なに勝手に!3度って…4度使うと?どうなるんですか?」
「君の左手の小指に3本色違いの線があるでしょ?」
「小指?色違いって?」
僕は自分の左手をまじまじと見つめると確かに朝にはなかった小指にピンキーリングのような青い跡が2本と赤い跡が1本残っていた。
「なに?この青と赤の跡?いつの間に…こんなもの」
「君はさっき1度喰らったからね…青が1本消えたのよ」
「残り2度…って?」
「喰らえるのはあと2度…だから青い跡が2本なのよ」
「じゃあ…この赤い跡は?」
「青い跡がすべて消えて、赤い跡だけになって…4度目を喰らうとその赤い跡も消えて…君も消える」
「消えるって?死ぬってこと?」
「だからあと2度…その後は赤いリングを残したまま生きていくのさ」
「これって?何かの呪い?僕…なにか悪いことした?」
「なに言ってるの!これは呪いなんかじゃない!人助けさ」
僕はやっと理解した、その3本のリングの意味を。
「その…僕が喰らったあとの、その人たちは?どうなるんですか?」
「死気が消えた人間は、また新しい幸せが舞い込むチャンスに恵まれる…」
「じゃ…さっき抱き締めたホームにいた女性も…」
「彼女はね…愛する男性を先週病気で失ってね…自分で終わりを探してたんだよ…それで今朝、あのホームに立っていたんだ」
「自分で終わりを?」
「そう、そして君に出逢った…」
「もし僕に…逢っていなかったら?」
「さぁね〜他の誰かが喰らったか…そのまま電車に飛び込んだか…」
「僕は…僕はどうしたらいいんですか?」
「次は千駄木、千駄木です〜出口は左側です…」
僕の心臓が跳ねて一瞬呼吸が出来なくなって目を剥いた。
「あれ?なに?今の…夢か?」
大きく深呼吸をすると、涙が僕の頬を濡らしているに気づいた。
「また、泣いてる…」
僕は地下鉄の暗闇で悪い夢を見ていたんだ。
席を立とうとした時、沈んでいく様に身体が重くてまだ夢の中にいるようだった。
「今…何時なんだ?」
僕は時計を見るため左腕に目を移した時、思わず声を出して呟いた。
「あっ!3本…」
左手の小指にはハッキリ2本の青い跡と赤い1本のリング跡が残っていた。
「夢じゃなかった…僕は喰らったんだ…あの女性の死気を…あの老婆のような少女も…」
僕は震えながら小指の3本のリングをじっと見つめていた。
金町駅に着いて、朝入れた駐輪場29番ラックから自転車を出した。
「とりあえず、バイトでも探さなきゃな…」
自転車に跨った時ひとり言が溢れた。
そのまま帰る気にもなれず南口にあるスターバックスへ向かった。
「こんにちは~」
バリスタの明るい声を聞いて少しホッとする。
「えぇ~とぉ ドリップコーヒーラージホットで…」
僕は陽の当たる窓側の空いてる席に座ってバッグからパソコンを取り出した。
「バイトかぁ~駅の近くに…募集してないかなぁ」
「ラーメン屋…いやだ、パン屋…ビミョー、マック…ムリ、ビル清掃か…キツそう」
どれも僕の労働意欲を満たしてくれそうなバイトじゃなかった。
「幾田君?幾田 陸くん?でしょ」
「は、はい?」
「やっぱりぃ私、覚えてない?高校で同じクラスだった…」
「上原?上原 光?さん…」
「なにぃ覚えてんじゃん!それもフルネームで!もしかして好きだった?私のこと」
「えっ?そんな…こと」
彼女はチアリーディング部で男子の憧れの的で、僕の名前を覚えていたことに少し驚いて…嬉しかった。
少し大人っぽくなった彼女は僕の顔を覗き込んで嬉しそうに笑った。
「え?そのエプロン…」
ダークブラウンの髪をポニーテールに結んだ彼女は星がふたつとM.Ueharaと名前が刺繍されたブラックエプロンを身に着けていた。
「幾田くんは?休憩?」
「いぃや…バイト探してんだ」
「バイト?仕事は?」
「…リストラされちゃった」
「…そうなんだ、じゃあ私と一緒に働かない?ここで…今募集してるんだバイト」
「ここで?募集を?」
「そっ、面接あるけどね、店長厳しいわよ採用されるかわかんないけど…私、応援する!」
彼女はそう言い残してカウンター奥に消えて行った。
僕はパソコンでスターバックスのバイト応募フォーマットに自分の情報を打ち込んでいく。
「今日からよろしくね、陸くん!」
「陸くん…」
「なにか不満?」
「いえ…じゃ上原さんのことは?」
「ん~上原先輩かな」
そう言って彼女はテーブルを拭き始めた。
「幾田くんは絵とか?描けたりするの?」
店長の山本さんが訊いてきた。
「絵ですか?図面は引けるんですが…」
「ちょっと書いてみてよ」
そう言ってチョークペンを渡された。
「なにい~このバターミルクビスケットとアボガドシュリンプサンドイッチめっちゃ上手いじゃん!幾田くんってもしかして美大?」
「いやぁ、建築学科ですけど…」
「よし決まり!今日から黒板画は幾田くんが担当ね!」
店長の山本さんがそう言うと他のバリスタからも拍手が起こった。
「すごいじゃん!陸くん!」
そう言って上原さんが僕の背中を2度叩いた。
「ありがと…」
僕はその感触がとても心地いいのに驚いていた。
そしてこのバイトが長く続くように、上原さんと少しでも長く働けるように願っていた。
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