第16話 本橋と杉崎と私たち

 「茂生くん、待ちくたびれてるかな?」

 私たちは少しばかり急ぎ足で出入口の方へ向かった。

 「大丈夫です。私の買い物に付き合ってくれるので待つのは慣れっこですから」

 先輩は驚いた表情を浮かべる。

 「うそ、付き合ってくれるの?和弥くんなんか、イラついてなかなか待っててくれないのにーいいなぁ、あ、ホント。笑顔だ、余裕だわね」

 先輩、ニヤニヤしないで下さいぃ……。

 茂生……その笑顔はちょっと……。

 私は普段よりも数倍増し増しの茂生の笑顔に嬉しいやら恥ずかしいやら……。

 

 「で、ちょっと早めの夕飯兼ねちゃいましょう。その後にゆっくりとお話出来る所でデザートにする?それとも同じとこで済ませる?」

 先輩は込み入った深いお話を語り合う気満々です……私はまだ覚悟が決まらなくて、茂生にどこまで話していいのか分からないのに……。

 「長くいられそうな店をチョイスしませんか?お二人はもしかしたら、アルコールも欲しいクチなのでは?」

 えっ、何その気の回し方!茂生、大学生になって大人になっ……あ、まだ茂生は未成年だったわ……。

 「あたし?あたしはどっちでもいいかな。法子ちゃんはどう?」

 「えっ、私ですか」

 素面では話せそうもない話題だけど……でも、酔ってしまって何を言い出してしまうか分からないから、ここは避けておいたほうが無難よね。うん。

 「私は甘い物が食べられればどこでも」

 ちょっと、茂生!その笑いはどういう意味よ!どうせスイーツには目がないわよ!

 結局、三人ともカフェで軽めのパスタをサラダとセットで、食後にパフェやケーキとコーヒーに落ち着いた。


 うーん……もうお話は里沙先輩にお任せしよう。さっきのランジェリーショップでの先輩が頼もしいやら怖いやら。私には絶対マネできない機転の速さ。

 先輩は思った通り、サクサクとご自分と婚約者さんの就職問題に切り込んで行かれた……。

 「なんかね、茂生くんもご存じの通り本橋家は会社を経営してるでしょう。和弥くんには妹さんがいるけれど、将来は彼が会社を継ぐらしいの。それでね、その前に、私たちに違う事業所で数年間働いて来て、って言われてたのね」

 「里沙さんが大学を卒業したら、直ぐ入籍されると同時に別会社へ就職ですか……」

 「そう。もしかしたら、和弥くんは一旦本橋へ就職してからになりそうだけどね……社員には顔つなぎしとくとか話してたような気がするから」

 ふうん、と二人の会話を聞いているだけの私。パスタは冷めないうちに頂きましょう。

 すると茂生が私の顔を見て、少しずつ説明を始めてくれた。

 先輩からはほんのちょっと伺っていたけど、茂生から直に聞けて嬉しいな。ていうか、茂生は私を三年間も騙してたんだからね!そこはどう説明するのかしらっ!何が「僕のウチは商店」よ!あ、いけないわ、平常心平常心……。

 「僕の父が本橋の次男で、杉崎には婿に入ったんだ。和弥さんのお父さんが長男なんだよ」 

 「ふうん……従兄弟なのね」

 うん、従兄弟を「さん付け」するのね。あれ?確かお母さん繋がりの従兄弟って呼び捨ててなかった……?

 「そうだね。まさか法子の先輩が和弥さんの婚約者さんとはビックリしたな。世間て狭いですね」

 「ねー?その上、あたしも法子ちゃんと同じ高校だったの!高校時代はお互い知らなかったのにね。偶然て凄すぎよね!」 

 「本当ですよね……サークルに入らなかったら、まだ出会えていないかもしれませんよね……」


 茂生も先輩もあまり食が進んでいない模様。せっかくのパスタが冷めてしまいますよ……?ああ、美味しい。タラコが絶妙なバランス……。

 「……という事で、あたしは本橋のお義父さんから『僕の弟の会社ところで修行してきて欲しいです』って言われたの。だから、茂生くんにお世話になると思います。もしかしたら、後で和弥くんも、になる可能性があるのですが、それはまだ未定らしくて」

 茂生が見ても分かるくらいびくっとした。ほら、来た!って感じで……。

 「……え、あの、ウチって」

 茂生が横目で私を見つめているけど私はパスタに集中するフリをして食べてます。耳はダンボですけどね。

 「うん、だから未来の社長さん、宜しくお願いします。勿論、就職試験を受けさせて頂きます。もしかしたらダメなケースもあるのかな?ってオマケして欲しいですけど」

 ……私は茂生のおじさんとお父さんが話を付けていたと聞いたから、多分先輩の就職は……保障されていると思います。先輩はケラケラ笑っている……先輩って、なんだか頼もしいのよね。雰囲気がそう見えるのかな。オーラ?

 あ、茂生が固まっちゃった。

 「……茂生、あのね。私は知ってるから……」

 「え……」

 落ち着いたムードのあるカフェで、落ち着いてはいられそうもない茂生と私。里沙先輩だけがどーん、と構えていそう。

 「あたしが話したの。法子ちゃんも知ってると思ってたのね。ごめんなさい」

 またもや先輩が機転を利かせて下さった!先輩有難うございますぅ……。

 違うの。茂生のお父さんがキャンパスにまで来ちゃったのに……。

 先輩が私に頷いてくれて、私はちょっとホッ、としちゃった。思い出すと腹立つやら悲しいやら……。

 茂生がパスタを急いでほおばって、焦って食べたのでむせてしまった。

 「……平気?」

 「……ん……ごめん……」

 グラスの水を飲んで、ため息をついた茂生。ため息をつきたいのは私なんですけど。

 茂生にどこまで話していいのかな……でも私たちを置いてきぼりにして、話がどんどん先に進められて行ってるなんて、考えられない事だと思うのよね……普通有り得ないと思うの。

 先輩は今度は豪快にモリモリと食べ始めた。そういえば、モンブランの半分を一気に平らげられたっけ。

 先輩ってもしかして男らしい……?

 憧れの先輩だったけど、今まで以上に惹かれてしまう。

 「……法子、どこまで聞いた?」

 は?なんて?

 「どこまで、って?」

 茂生からさっきまでの笑顔が全部消え去ってしまった。

 

 

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