第17話 茂生が知らなかったこと
私は先輩の顔を縋るように見つめてしまった。
私の右隣に茂生が、私の目の前に里沙先輩が座っている。先輩に助けを求めても、茂生が斜め前にいるからアイコンタクトも出来ないんだわ……。先輩はため息をついただけだった。
もう、なんて答えたらいいの?
茂生が本当のことを教えてくれなかったから……三年間も嘘をついていたから……みんなみんな茂生が悪いんじゃない?お父さんが来ちゃったのよ?
なんて言えないし!ああどうしよう……。
「法子?」
ちょっと!その首をすこぅし傾けるの可愛いから止めてよ!今それどころじゃないんですからね!
「……茂生のおうちが『商店』じゃなくて、『会社』だったこと……と、里沙先輩の婚約者さんのお父さんと、茂生のお父さんが兄弟だったこと……?」
ここまでは平気よね?先輩がうんうん、と頷いているから大丈夫?
茂生がお父さんの後を継ぎたくないから、先輩と先輩の婚約者さんはともかく、私までもが杉崎に就職するかもしれないってことは、今のところ茂生には話さない方がいいわよね……?プライドが高そうなんだもの。見かけによらず。
でも、そんなことはすぐにわかっちゃうことだと思うけど……。
オマケにね、茂生のお父さんたら、茂生がプロポーズのプの字もおくびにも出さない内によ?将来、公私ともに息子の右腕になって欲しくて、その為にはダブルスクールの費用も負担してくださる、ですってよ……。
私たち、まだそんなお付き合いはしていないのに……。茂生のばかちん……。
茂生は私の方に体を向けて「ごめん」とだけ言って、黙ってしまった。
ごめん、だけなの?私、三年間も茂生のこと信じてたのに。て言うか、私たちってこれからどうなってしまうの……?
「まあまあ、茂生くんにも言い出せなかった理由があると思われるし……こうやって私たちが親しくなれたことだし、ね?とにかくこの先の未来を考えて行きましょうよ。それに次のデザートがいつまで経っても来なくなってしまうから、早く食べましょう」
先輩が助け船を出してくださった。すると、ハッ、とした茂生がやっと残り半分のパスタに手を伸ばした。ほらあ、すぐに食べないからモッツァレラチーズが固まってしまったんじゃない……?
私のタラコパスタはもう殆ど完食ですけど。早く次の苺パフェが来ないかな……この為にメインをSサイズにしたんですもんね。
「……僕は……社長なんかになりたくなかったんだよ」
手を止めて、フォークをお皿に戻して茂生は私を見た。
……うん、それは知ってた。頼みの綱の
「うん……」
「え、茂生くんは杉崎を継ぐのが嫌なの?」
先輩だってご存じなくせに……。
「はい。僕は社長になるような器ではないと思ってます。出来ることならば使われる方が気楽でいい。将来は好きな人と平凡な家庭を築けたら、最高なんで……あ、すみません」
未来の社長夫人が目の前にいるのにね。里沙先輩は既に将来が約束されてますもん。
「好きな人と?具体的には?」
せ、先輩!今それに言及して欲しくないですぅ……。私じゃなかったら……。
茂生はチラッと私を見た……気がした。正しくは気配を感じた。私は茂生の顔を見られない……。
「それは……一緒にいて、和めるというか癒されるというか無理のない自分でいられる人が。好きな人なら尚更理想かなと」
……私であったらいいのに……。
え、でも、待ってよ?もしも、茂生が会社を継いで、私を選んでくれたとすると……もしも、よ、もしも。
そうしたら私も里沙先輩と同じ立場になるということ!?
……確かにそれは嫌だわ……あ、今茂生の気持ちが少し分かったかも。
似たもの同士なのかな……。うん、平凡が一番だと私も思うわ、茂生!
茂生には話せないことが沢山出来ちゃった。ちょっと辛いかなぁ……。
先輩は茂生の話にもうんうん、と相づちをうって聞いている。
「分かる……っ、良ーく分かるわよ、茂生くん」
「え」
「えっ?」
茂生と二人でハモっちゃった。
里沙先輩は苦笑いをしている。
「和弥くんもあたしも茂生くんと似たようなものよ。やっぱり最初から社長にはなりたくないって和弥くんも言ってたもの」
「……それは初耳です……信じられないですが」
里沙先輩も?なのかしら?
「うん、あたしたちも色々紆余曲折があったの。今は腹が据わったって言うのかな?」
話してみないと分からないこともあるのね……。
そんな話が一段落したら、空いたお皿を下げに来てくれて、お楽しみのデザートが運ばれて来た。
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