第4話 先輩の婚約者

 こんなおやつタイムに学食へ行く事なんて初めてだった。結構利用者がいたのね。


 里沙先輩が食券販売機でお腹に溜まりそうな食べ物を探された。まだ残っていたおでんをチョイス。


 先輩、ビールでも飲まないと私、話が出来ないかもですよ……それくらいショックだったんです……。




 私は隣接した売店で、売れ残りのサンドイッチとミルクティーを買った。先輩は紙コップのほうじ茶を買われた。


 ランチタイムとは大違いで、テーブル席はよりどりみどり。食券にケーキセットでも入れてくれたら、私通ってしまうかも。入れて欲しいな。


 「はい、法子ちゃんの分」 「あ……有難うございます。ちょっとお待ち下さい」

 バッグからお財布を出そうとしたら、先輩は要らないと手を振った。

 「さあ、食べましょう。お話はそれからね。ここはまだ一時間以上使えるから大丈夫よ」


 「あ……有難うございます。頂きます」



 ……ああ、お腹に染みるおでん……里沙先輩が買って下さったおでん。

 さっきは憧れの先輩に酷い泣き顔とお腹の虫の声を聞かれてしまったから、もう私に恐れるものは何もない。ただ有難くおでんを頂くだけよ法子……。

 私は一生このおでんの味を忘れないわ……う。辛子が効いて涙が出そう。


 涙で呼び覚まされてしまう……。

 茂生の馬鹿野郎っ……馬鹿ちん!

 いけない。おでんが不味くなっちゃう!


 先輩はお酒を飲んでいるかの様にほうじ茶をちびちびと飲まれていた。


 「美味しいね」

 「はい、美味しいです。私はこのおでんを初めて食べました」

 いつもおかずで選ばないから。

 「あたしも。つい定食を選んじゃうの」

 え。先輩まさかのガッツリ系……?じゃあまだお腹いっぱいなのでは……?

 ……あ、私に付き合って下さっているのね!有難うございます!



 お腹に食べ物が入ったら、少しは落ち着いたみたい。なんてげんきんなわたし……。


 


 先輩は私の話を聞き出す前に、婚約者さんのお話をして下さった。


 さっきチラッと見えた、バッグから出していた小さな手帳を開いて、小さな写真を二枚見せてくれた。

 「ええと……このあたしの右側にいる人が……和弥君で、その隣の隣が杉崎さんなの。分かる?」


 「うわぁ、この方ですか?婚約者さんて!」

 「ちょ……っと、声のトーンを抑えてくれるかなぁ……法子ちゃん」

 「あ……っ、ごめんなさぃ……」


 いくら人数少ないとは言え、結構話し声が響くホールなんだわ。


 私はもう一度写真を良く見た。

 とても落ち着いていて、おとなしそうで爽やかで……。

 「優しそうなかたですね」

 先輩がちょっと照れてる……可愛い。


 「そう見える?」 

 「はい。それに真面目そうです」

 「あー……そうかも。口数が少ないのがちょっと惜しいの」

 「そうなんですか……。あ、こっちのおじさん!」

 あっ、彼氏の父親をおじさんって言っちゃった。

 さっき頂いた名刺をパスケースから出して先輩に見せた。

 「そうそう、あの人は杉崎商事の支社長なのよ。でね、和弥君の後ろに居るこの人が和弥君のお父さんなのね。杉崎さんは、この人の弟にあたるの」


 

 ……は? 今なんて? 言葉にならない。


 「だから、杉崎さんは、和弥君のおじさんな……」

 「えええ~っ!! うっそ!!うっそぉ!!」

 あっまた大声を出してしまった!

 って、出さずにはいられないわ!


 「……あ……だから茂生の『おじさん』て? 」

 ん? 茂生のお父さんが? 先輩の婚約者のお父さんの……?弟って? 


 先輩は深ーい深ーいため息をついた。

 「だから、お昼前に教授棟から出てきた二人を見て、あたしはびっくりしたの。……わかった?」


 私はぶんぶんぶんぶんと頭がもげそうなくらい縦に振った。


 ……どっちの意味で目が回ったのかわからない……!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る