第3話 世間は狭い

 「わかった!あのおじさんは婿養子に出たから、『杉崎さん』なのよ。旧姓は『本橋もとはし』だもの。うん、やっぱり和弥君のおじさんだって」

 先輩が人差し指を立てて、まるで推理探偵のドラマの様に振り上げる。


 ショックがショックを打ち消す効果ってあるの? 私のショックは書き換えられてしまったの?

 茂生のお父さんの話より、先輩の話の方が激しい!

 私とひとつしか違わない先輩。もう婚約者がいるの? 婚約者なんて今どきそういうの、あるんだ。すっごいお金持ちの人にしかいないもんだと思っていた。あ、里沙先輩のおうちは資産家なのねきっと!


 ……かずやさんて誰だろう。茂生の何だろう。


 先輩は自分のバッグから小さな手帳を取り出して、何かを確認していたみたいだった。



 「ねえ、その彼氏さんのお父さんのあの人が、どうして法子ちゃんに会いに来たの? 教授に呼び出されたんでしよ? まさか就活の話? 」


 ……先輩……せっかくショックの上書きで忘れていたのに思い出させないで下さいよ……。


 私はさっきのあの人の言葉がフラッシュバックして、怒りと悲しみがフツフツとこんこんと湧き出して沸き出されて涙が……里沙先輩の前なのにぃ……!


 「えっ、ちょ、な、何? どうしたの、法子ちゃん! やっ、あたし何かヘンな事聞いちゃったの? 」


 「せんぱい~……聞いてくださ

…… 」


 ぐーきゅうーるるるるー……。


 いやっ……やあっ……本体を無視して鳴かないでよお腹の虫ぃ!こっちは違う意味で泣いてるのにぃ……!


 私は机に突っ伏した。だって超恥ずかしいんだから! 憧れの先輩の前なのにぃ……っ!


 先輩は、屈んで私の頭をそうっと撫でた。

 余計泣けちゃうからだめですぅ! 「ね、もしかして、教授棟から出て来てから……お昼ご飯を食べなかったの? 」.


 私は恥ずかしくて、顔があげられなかった。そのままコクン、と頷いたら……顎がゴツン、て音がして痛……い。


 「……っ……ふっ……っ」

……先輩……笑いをこらえながら私の頭を撫でないで下さいよ……。


 「法子ちゃん、学食行こうか。何かたべよ? 食べながら話しましょ? 」

 「……学食? 」

 「そう。まだやってる時間だから。ランチはないけど、まだ何かあるでしょ」

 ……学食……学食?……あ!

 「忘れてた!学食!昼ドラ! 」


 私はガバッと机から頭を剥がした。嫌だ私! 大事な事を忘れていた!!


 先輩が複雑な表情を浮かべていた。

 「……昼ドラ?……何それ? 」


 先輩はご存じないのかな。朝ドラならぬ昼ドラが私の周りでは流行っていた。もう、ドロドロで激しくて楽しくて楽しみな午後のドラマ……あ、まだ悲しい……。

 ああ、でも今日は学食に行かなかったからTVが見られなかった……ダブルショック。


 顔を上げたら、里沙先輩がもっとショックな事を言った。


 「じゃあ、学食に行こうか。……その前に、お化粧直してからね? 」


 いやあああぁぁ……先輩に酷い顔を見られちゃった……っ!!

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