第2話 序章「想い、すれ違い その弐」
202X年 4月10日
私は気が付いていた。
見も知らぬ土地で、不安だらけの転校生活が始まったその日から・・・。
私が日本で生まれてからずっと一緒だった父母、物理学者のドイツ生まれの父『ミハエル』と、自然科学研究者の日本人の母『由貴』から、二人がドイツのオーベルンドルフ・アム・ネカールって街にある会社への長期出張を命じられた事を告げられ、来年の大学受験を控えていた私は、東京の下町、叔父が住む東京都足立区の3階建ての一戸建て住宅で下宿生活を送る事になり、その近くの私立高校2年D組の始業式へ転校初日の朝。
一緒に暮らす事になった越路忠人(私は幼い頃から" ター坊” って呼んでいる51歳独身)伯父さんの『書斎』部屋は、まるで泥棒か大地震にあった跡みたいに雑然としていたけど、私の為に用意してくれた3Fの部屋は、まるで新居の様にリフォームされていて、ベランダへの出口サッシも目の前が公園の南向き。
なんか、ター坊叔父さん、口では直接言わないけど、結構私に気を使ってくれているみたい。
おっと、そんな思いにふけっている場合じゃない! 歩いて10分の学校とは言っても、もう始業式が始まる15分前!
新品でアイロンのりが固過ぎるせいか、スっゴク着にくいYシャツとゴワゴワしたブレザー、それに取っ手が小さくて持ちにくい革製通学カバンの準備に追われながら、
「今日はうまく友達出来るかなぁ」
なんて不安がよぎった時。
「大丈夫だよ、奈々。ボクらが君を、ずっとずっと見守っているから・・・」
私の心の中に、誰かが話しかけて来る様な気がした。
「なんだ、幻聴? あ、いけない! 遅刻しちゃう!」
私が高校2年生活を送る私立学園は、とても新しい校舎で、ちょうど遅咲きの桜が舞い散っていた。
新しい学校の担任は、音楽が専攻の若くて優しそうな笛吹鈴子先生。
2年D組の教室のホームルームで、チョー緊張しながら自己紹介をした後に、
クラス全体の顔色を伺った時には、何だかみんなヨソヨソしかった。
その時に少しだけ話が出来たのは、私の後ろの席の、ちょっと気が弱そうな男子だけ。
何だったんだろう・・・、あの『幻聴』は?
始業式が終わり、私が帰り支度をしていると、数人の男女子が私に駆け寄って来る。
「越路奈々さんよね? 私は小野寺明日香。こっちが黒澤優で、こっちが白金孝。これからどうぞよろしくお願いね!!」
「あ、うん。こちらこそ宜しく」
明日香と名乗る女子は、矢継ぎ早に質問攻撃して来る。
「ね、ね、越路さん? 音大付属から来たんだよね? 楽器は何が得意なの?」
私は、その小野寺さんの急襲ぶりに、ちょっと慌てたけど、
「指揮科を目指してるから一応何でも弾けるけど、一番長くやってるのはピアノかなぁ、何故?」
「何たる偶然! カンペキじゃん!!」
私が状況を把握出来ないでいると・・・、
「私達、このクラスでモダン・ジャズ演奏倶楽部『さんぷらぁず』ってバンドをやてるんだけど、こないだキーボードの子が転校しちゃってさ」
「う、うん、それで?」
「ね、ユウ、タカシ? この奈々ちゃんを、我らがキーボードにスカウトしようよ!」
すると突然、黒澤優と白金孝が私の前の床に平べったくなって土下座をし、明日香もそれを見習う様に、私の目の前で3人の男女が平伏し、声を揃えて私に叫ぶ。
「越路奈々さんっ! どうか私達『さんぷらぁず』のメンバーになって下さいっ!」
クラス全員の注目を浴びて、顔色が真っ赤になった私は、
「わ、分かったから! みんなその土下座をやめて、顔を上げて!」
明日香、優、孝は、まるで何事も起こらなかった様に普段の姿勢にもどると、
明日香が私に握手を求めて来るなり、プリント用紙の束を渡す。
「これでキマリね! これが来週からの練習スケジュール表、もち、強制じゃないけど、参加の不可日を私に教えてね!」
優と孝も、
「越路さん・・・、いや奈々。オレ達は文化庁芸術祭のモダンジャズ・コンテストにノミネートされてて、今ではグランプリを狙って猛練習中なんだ。お互いの力を合わせて、一緒にトロフィーと栄冠をゲットしようぜ!!」
「う、うん。やってみる・・・」
あまりに突然の話だっただったから、あんまりアテにはしてないけど、まあ、これでしばらく話し友達と、やる事には不自由しなくて済むかな・・・。
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