人間のための説話集

@sakaki

第1話 選ぶ2人と従う2人

2つの道の前に神がいた。神はいつもそこを通る人間に、どちらの道を通るべきか啓示を与えていた。

神は老婆に言った。

「右の道はお前のような年寄りには険しすぎる。左の道を行きなさい」

老婆はその言葉に従い、緩やかな左の道を進んでその先の街まで無事に辿り着いた。


神は青年に言った。

「右の道を行きなさい。お前の足ならば、左の道よりもずっと早く目指す場所に辿り着けるだろう」

青年は神の言葉に従って右の道を進んだが、道の途中で山賊に襲われてしまい、身ぐるみ剥がされて這々の体で街に辿り着いた。


神は商人に言った。

「荷馬車を引いて右の道を進むのは困難だ。時間はかかるが左の道を行きなさい」

しかし、一刻も早く街に着かねば商機を逃してしまうと考えた商人は、危険を承知の上で神の啓示を無視して右の道を選び、運良く無事に街まで辿り着き、商売を成功させた。


神は猟師に言った。

「金もなく、食べ物も尽きかけているようだな。右の道を行けば鳥や獣を多くみられる。お前の腕ならばそれらを捕えて腹を満たし、毛皮を売って稼げるだろう」

しかし、天候が悪くなると右の道は危険だと考えた猟師は、神の言葉に背き、安全な左の道を選んだ。結局、空は快晴のまま、照りつける日射しと空腹で猟師は衰弱し、道端に生えた草やきのみを食べながら生き延び、なんとか街に辿り着いた。


老婆は神に深く感謝し、その神に信仰を捧げた。


青年はその神を深く恨み、別の神に啓示を求めた。


商人はそれからも自らの考えで決断することを是とし、いかなる神も信仰することはなかった。


猟師は満足だった。肉も金も手に入らなかったが、自ら選んだ道を進み、雑草を『狩って』生き延び、街に辿り着いたのだ。神の言葉に従っていれば、今頃もっと良いものが食えていたかもしれない。しかし、猟師は知っていたのだ。


自分で獲った獲物こそが、最高に美味い。

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