第13話 台風が去って…
「おぉ~久美子~スゴイ!うまいよ~センスいいよ!」
ビーチで薫子が手を振って大きな声で叫んで私を誉めちぎっていた。
「薫子ってばホント褒めるのうまいんだから~」
私はその気になってパドリングをして沖に出た。
「ホントだよ~センスあるって久美子には!」
体験レッスンが終わって、海には夕陽が溶け込んでキレイなオレンジ色に変わっていった。
浜にある真っ白なサーフボードを持って橘くんが言った。
「っじゃあ最後に僕が少しやってみますね」
橘くんは海に入るとパドリングであっという間に沖に出て行った。
「あっおっきな波っ」
大きな波が橘くんの背後に迫ったその瞬間、波と一体になったサーフボードはオレンジ色の海の上を飛ぶように滑っていった。
「うわぁ~すごいぃ~カッコいい~」
生徒から大きな歓声が上がった。
私はその光景にくぎ付けになってオレンジ色の海をずっと見つめていた。
「ぉお疲れさまでしたぁ」
着替えて、髪を乾かしてからスクールのオフィスに戻ると、私たちを見つけた橘くんが少し恥ずかしそうに言った。
「5回コース申し込んじゃった」
「そっか、ありがと」
「え?なに?もう申し込んじゃったの?」
「なに?嫌なの?久美子は?」
「嫌じゃ・・・ないけど」
「じゃ決まりね!」
それを聞いた橘くんは弾けるような笑顔でこちらを見た。
(この笑顔・・・小学生の時と変わんないな~)
「ぁあ~お腹すいたぁアニキ 夕食は?どうすんの?」
「特には、まぁいつものコンビニ弁当とか」
「ダメダメそんなもんばっか食べてたら、ねぇ久美子もそう思うでしょ」
「ぅうん・・・まぁそうね~」
「じゃさ~うちおいでよ」
「うちって?」
「私たちのうち」
「ふたりって一緒に住んでんの?」
橘くんは驚いた顔で同時にふたりの顔を見た。
「夕食も、うちで食べたらいいじゃん!作ってくれるのは久美子のおばあちゃんだけど」
そう言って薫子は大きな声で笑った。
「いいのホントに?」
橘くんは私を横目で見てそう訊いた。
「ぅうんいいわよ、橘くんが良ければ」
「いいに決まってんじゃねぇ~」
薫子は私の腕に絡みついて悪戯っぽく笑った。
「すみません、厚かましくおじゃましちゃって」
「幸太郎くんでしょ、まぁまぁ立派になってあの時、お葬式にも来てくれたのよね~」
おばあちゃんは嬉しそうにそう言った。
「なんのおかまいも出来ませんけどいっぱい食べてってね」
食卓にはいつもの倍はあるおばあちゃんの手料理が並んでいた。
「あっこれレンバイで買ってきた南瓜」
「そうよぉゴーヤもね」
定番の南瓜の煮つけとひき肉と南瓜の甘辛炒め、とうがんと豚肉の南蛮煮、ゴーヤとツナの和え物が大皿に盛られていた。
「どうぞ、こんな手料理だけどいっぱい食べてって、ご飯もいっぱい炊いたから」
「ありがとうございます 遠慮なく、いただきます!」
少し緊張してる橘くんは南瓜の煮つけを一口で頬張った。
「ぅう~こういう手料理ホント久しぶりです、ホントおいしいです」
そう言ってとうがんと豚肉の南蛮煮に箸をつけて、大きな口でご飯を食べた。
「でもなんで?麻生さんと薫子が一緒に?」
「ん~話すと長くなるから、久美子うちのおばあちゃん助けてくれたんだよ!」
「え?なんだよ、全然わかんないけど・・・」
「そっそうなの?それは・・・ありがとう」
橘くんはそう言って夏野菜たっぷりの味噌汁をすすった。
「このお味噌汁もとっても美味しいです」
「そぉよかったわ」
「幸太郎くんは?何が好きなの?ちゃんとご飯食べてるの?」
台所の方からおばちゃんの声が聞こえた。
「僕なんか昔から真っ白なご飯さえあれば・・・ご飯が一番のご馳走です」
そう言って少し寂しそうに笑った。
「だから、こんな家庭的な料理食べるのホント久しぶりで、うち、あれから両親離婚しちゃって、僕は親父の方に引き取られて」
「そぉ~大変だったのね、そうそう、幸太郎くん久美子の両親のお葬式でワンワン泣いちゃって、
久美子より大泣きして、あの時はたいへんだったのよ」
「え?そうなの?」
「久美子覚えてないの?」
「うん、なんとなくだけど思い出してきた」
「幸太郎くん、式が終わってもなかなか帰らなくてね・・・ありがとね、あの時は、あれから16年も経つのね~」
橘くんは黙って下を向いて、おばあちゃんのぬか漬けを噛み締めていた。
「幸太郎くん ご飯お代わりは?」
「はい、いただきます」
そう言って恥ずかしそうに、ご飯粒一つ残っていない茶碗をおばあちゃんに差し出した。
「ふぅ~もうお腹いっぱい アニキにつられていつもよりたくさん食べちゃった!」
「みんな美味しかったです、ごちそうさまでした」
「アニキ、また来てよ」
「久美子もそう思ってるでしょ?」
「え?ぅうん」
「5回コースも申し込んじゃったしさ、毎週ね」
「そうよ幸太郎くん、遠慮しないでまた食べに来て」
おばちゃんは残ったおかずをタッパーに入れて手渡した。
「はい、ありがとうございます」
橘くんはそれを受け取って嬉しそうに帰って行った。
毎週、由比ヶ浜へと通う道がいつしか橘くんに逢う道へと変わっていった。
台風もあって9月のスクールはキャンセルになることもあった。
台風が過ぎて暴れていた雲が真っ青な空を貫くように一直線に並んだ日曜日の午後。
久しぶりに開かれたスクールも波が高く途中で中止になった。
そんな中、橘くんだけ一人サーフボードを持って波の高い海に出て行った。
私は心配でその海をひとり見つめていた・・・橘くんはしばらくして沖に上がって私を見つけて駆け寄ってこう言った。
「麻生、僕と、僕とつきあって欲しい、僕に麻生を守らせてほしいんだ」
私はこの時気づいた、あの日から、橘くんはずっと遠くで私を見守ってくれていたんだと。
「はい、よろしく・・・よろしくお願いします」
私は溢れる涙を拭ってそう伝えた。
それを遠くで見つめている薫子がいた。
その日の夜から薫子はアトリエに籠るようになった。
「薫子~ご飯よぉ」
「最近どうしちゃったのかねぇ、かおちゃん」
「先に食べちゃうからね~」
夜10時過ぎやっと薫子が顔を出す。
「ぅう~ん疲れたぁお腹もすいたぁ」
食卓にはおばあちゃんの作ってくれた鶏ごぼうのおにぎりと茎わかめの佃煮と漬物が添えてあった。
「おばあちゃん、いつもありがとね、いただきます」
薫子はそう呟いておにぎりを頬張った。
「ぅうっまぁ~」
「薫子、どうしちゃったの?最近」
「う?うん今、描いてんだ卒展に向けて」
「卒展?」
「そぉ芸大の卒論みたなもんよ」
「そうなんだ・・・あんまり無理しないでよ、若くても無理は禁物よ」
「それよりさぁ~アニキってホント バカが付くほど真面目で一途 誠実男子なんだから」
「え?どうして?」
「つきあってるんでしょ? ふたり」
「うん・・・薫子にはちゃんと言おうと思ってたんだけど」
「わかってる、あの台風のあとでしょ、久美子・・・アニキのことよろしくね」
「なによぉ改まっちゃってぇ、薫子は?私でいいの?」
「いいに決まってんじゃん!アニキがずっと好きだった人だよ~え?もしかして私のアネキになんのぉ久美子が!」
そう言って薫子はほうじ茶を吹き出しそうになった。
「じゃ、私もう少し描きたいから久美子先にやすんでて」
「薫子、どんなの描いてるの?」
「内緒・・・私は明日を描きたいの」
「ん?なに?明日?」
「描き終わったら久美子に最初に見せてあげる」
「うん、おやすみ」
そう言って薫子はアトリエに消えていった。
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