第14話 傷だらけのヘルメット
幸太郎は丸の内にある商社に勤めていて、私たちは東京駅丸の内南口改札で待ち合わせて一緒に帰る日も多かった。
(幸太郎、今日は何時位に終わりそう?)
(今日は、早く帰れそう7時にいつもところで)
(わかった、夕食おばあちゃんちで食べてく?!(^^)!)
(ホント?いいの?お腹ペコペコ!(>_<))
(おばあちゃんもその方が喜ぶし、連絡しておく(@^^)/~~~)
(サンキュー!(*^^)v)
そんな他愛もないメールのやり取りにも幸せを感じていた。
「久美子、最近キレイになったわよね~」
「なに?突然」
今月で退職が決まってる杉江奏子が私を覗き込んでそう言った。
「今夜も一緒に帰るの?」
「うん・・・」
「そっかぁ恋は女をキレイにするんだねよね~」
「奏子だって来春は花嫁さんでしょ~」
「それがねぇ結婚となるといろいろあるのよ・・・両家の価値観の違いみたいな」
奏子は少し悲しそうな顔をしてメイクを直し始めた。
「久美子、変わったよ!うん、絶対変わった!なんかうまく言えないけど、強くなった!」
「えぇ~なによそれ」
「自分に自信がついたっていうか・・・春の久美子とは別人みたい」
「えぇ~それは大げさだよぉ」
でもそれは私自身も感じていた、何をやっても自分に自信の持てなかったのに、ちょっとしたことでも積極的になったっていうか、ポジティブになった・・・それは薫子と出逢ってから。
そんな話をしていると総務部から呼び出しの連絡があった。
「なにぃ?久美子またなんかやらかしちゃった?」
「え~私?見覚えないよぉ」
少し不安な気持ちで総務部のオフィスへ入ると奥の応接室に通される。
(初めてきた、こんなところに応接室があったのね)
「麻生さん、お疲れ様帰りがけに悪いわね、座って」
「はい、失礼します」
「そんな緊張しないで、悪い話じゃないんだから」
総務部長の上原さんは小さい咳払いをして唐突に話始めた。
「麻生さん、来年から経営企画の方へ移ってもらいます」
「はい?経営・・・企画ですか?私が?」
「そう、来年1月から」
「あのぉ誰かと間違って・・・私 倉庫で・・・」
「いえ、間違いじゃありませんよ、麻生さんこの前企画書提出したわよね?働き方改革の、それを読んだ役員が是非にと推薦があったんです」
「はぁ・・・あの企画書・・・」
「麻生さん、努力は必ず誰かが見つけるものよ!頑張って!とりあえず内々示ってことで」
上原さんは優しいまなざしで、私の肩をポンッっと叩いた。
「はい、ありがとうございます。ご期待に沿えるよう頑張ります」
自分でも驚くほど自然に私はそう答えていた。
幸太郎が時計を見ながら私が来るのを待っているのが信号待ちの横断歩道から見えた。
「ごめ~ん 幸太郎~遅くなっちゃって」
私は15分遅れで東京駅丸の内南口に着いた。
ふたりは総武線快速地下ホームから久里浜行の電車に乗って鎌倉への帰路についた、川崎駅で席が空いて私は幸太郎に今日の報告をする。
「あのね、さっき総務部長に呼ばれたの」
「ん?久美子またなんかやらかしたの?」
幸太郎は冗談とも本気ともわからない表情で私の顔を覗き込んだ。
「ん~私も最初そう思ったんだけど、なんと!倉庫卒業!1月から経営企画室だって~」
「そうなんだ、すごいじゃん!ちゃんと久美子のこと見てた人いたんだな~」
「同じこと上原さんにも言われた!」
「久美子、すごいよ~良かったね」
「うん、私ね今まで自分自身にも自信持てなくてどうせ私なんてって思ってたんだ~それを変えてくれたのはやっぱり薫子だと思う」
「え?薫子が?」
「うん、薫子といるといつもワクワクする、彼女は眩しくて・・・私を元気にしてくれる」
「そっか、薫子は久美子にとってそんな存在なんだ・・・」
幸太郎は車窓に目をやり少し嬉しそうにそう言った。
「ねぇ幸太郎、私たち3人ずっと一緒だといいわね」
「そうだな~薫子はすぐどっか飛んでっちゃうからな~」
幸太郎はそう言って嬉しそうに笑った。
しばらくして総武線快速は鎌倉駅のホームに滑り込んだ。
「わぁ~見てぇ 月がキレイ」
鎌倉長谷の空には十三夜の月が高く昇っていた。
「ただいまぁ~」
「おかえりぃお疲れ様~」
「おじゃまします、すみませんいつも」
「幸太郎くんも、おつかれさま」
「幸太郎くんはもう家族みたいなもんだからね」
そう言っておばあちゃんはご飯をよそった。
「あれっ?薫子は?」
「それがね~午後バイクで出かけたっきりなのよ」
「そぉあとでメールしてみるね」
鶏のつくね照り焼きを一口で食べて幸太郎はご飯をお代わりした。
「おばあちゃん、後片付け私やっとくから先にやすんで」
「そぉ、じゃあお願いね」
「幸太郎、薫子メールしても返信ないよ!」
「あいつ、心配させんなよ~」
「電話してみるね」
薫子のスマートフォンに電話をすると呼び出し音が鳴ったきり留守電になった。
「もぉ~薫子何やってるの?心配だから連絡ちょうだい!」
私は薫子のスマートフォンに留守電を入れた。
「大丈夫だよ、子供じゃないんだから、久美子も明日早いんだから」
「じゃあまた明日、おやすみ」
「おやすみなさい」
時計を見ると夜10時半を過ぎていた。
「薫子~お風呂先入っちゃうよぉ」
私は独り言を言って洗面所へ向かった。
「うわぁ~久しぶりに長風呂しちゃったぁ 薫子?」
「まだ帰ってないのか・・・」
私はドライヤーで髪を乾かしながらなんとも言えない不安の塊を感じ取っていた。
「薫子?」
ドライヤーの風の音が薫子の声に聴こえた。
「ホントどこ行ってんのよ!」
その時、スマートフォンの振動とディスプレイには薫子の番号が表示された。
「薫子!今どこ?心配してたんだから~」
「もしもし?こちら神奈川県 港北警察署 交通課の上白石と申しますが、この電話は安藤薫子さんのご家族ですか?」
「え?すみません・・・もう一度・・・港北警察?」
「幸太郎!薫子が!薫子が横浜労災病院に・・・バイクで」
私はスマートフォンを握る震える左手を必死に押さえて幸太郎に連絡した。
「わかった、車ですぐそっちに行くから一緒に行こう」
「うぅうん待ってる・・・ねえ幸太郎?大丈夫だよね?薫子?」
「うん、大丈夫!とにかく待っててすぐ、すぐ行くから」
「薫子・・・薫子?」
そこには傷だらけの見覚えのある真っ赤なヘルメットが置かれていた。
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