第12話 16年目の再会

薫子の強引な誘いに根負けした私は由比ヶ浜から国道134号線を渡った少人数制のサーフィンスクールに通うことになった。


「一度初心者コースでお試しいただいて、その後5回コースがいいと思います」


真っ黒に日焼けした店主が白い歯を輝かせてそう言った。


「サーフボード、ウエットスーツなどはレンタル出来ますので手ぶらでお越しください」


「はい、よろしくお願いします・・・」


「あっ!もしよろしければ、今日夕方キャンセルが出たので初回体験?してみます?今日は経験豊富なインストラクターも来てますので」


「久美子~善は急げよ!ねっ!お願いしよっ」


「ぅうぅそんな急に言われても、心の準備ってもんがさぁ」


「大丈夫よ!人生は先ずは経験することが肝心よ! 行動にこそ意思が宿る!」


「なに?それ?」


「えぇ?久美子~知らないの?芸術家の岡本太郎先生の名言よ!」


「岡本太郎・・・」


薫子は真剣な眼差しでそう呟いた。


「それじゃあ一度家に戻って3時半には戻ってきますね」


「はい、じゃあ~準備してお待ちしています」


「ねっついでにレンバイ寄って買い物して行こうよ、たまにはさ、おばあちゃんにも私たちの手料理ご馳走しない?」


「私たち?薫子料理してるの見たことないし~」


「そんなことないですぅ~ ねっレンバイ寄って行こ」


私たちふたりはまだ強烈な夏の日差しが照りつける中、レンバイ目指して自転車をこぎだす。


「こんにちわ~おばさんこのトマトめっちゃ美味しそう!」


「完熟してて美味しいわよぉ~」


薫子はレンバイでも顔の知れた常連になっていた。


「この南瓜も~これ、おばあちゃんに煮物にしてもらおうよぉ」


「えぇ私たちがごちそうすんじゃなかったの」


「そっか、そうだったね」


薫子は大きな南瓜を手に取って笑った。


トマト、ニンニク、バジル、コリンキー、ズッキーニ、見たことのない茄子、まるでここは植物園のようだった。


「小学生の頃ね、よく買い物に来てたの、お母さんと」


「そぉ私は両親離婚しちゃって母親とふたり鎌倉離れちゃったからな…」


薫子は少し寂しそうな顔をして遠くを見つめた。


「よし、お昼は鎌倉野菜のパスタにしよ!」


「おばさ~んパスタに合うトマトと、バジル、うぅんあとニンニクも、あと南瓜もね」


自転車の籠に入りきれない野菜を入れて家に帰る。


「ただいまぁ~おばあちゃんお昼は私たちが作るからね~」


フレッシュトマトとバジルのパスタは思っていた以上の出来栄えで、おばあちゃんも美味しそうに食べてくれた。


私たちはサーフィンスクールまでの小一時間昼寝をすることにした。


「久美子?起きてる?」


「なに?」


「私ここにきて本当に良かった」


「なによぉ改まって」


「私、両親が離婚しちゃったあとお母さんとも上手くいかなくてさ~友達も出来なかったんだ~」


「そぉ」


「だから嬉しんだぁ久美子とトモダチになれたこと」


「うん、私も薫子と出逢えてよかった」


わたしたちふたりは眠りにつき午後3時のアラーム音で起こされる。


「うわぁ~あ気持ちよかったぁ」


意識が少しまだぼんやりしている中、蝉の声だけが大きく鳴り響いていた。


「久美子のその水着かわいいね!」


「そぉ、水着なんて久しぶりだから、まさかこの上にウエットスーツ着るとはね~」


隣に目をやると黒いビキニ姿の薫子が鏡を覗いていた。


「いらっしゃいませ~あぁ先ほどのスクールですようね、お待ちしていました」


簡単な手続きをして、レンタルのウエットスーツを着込む。


「毎回これ着るの?」


苦戦している私をしり目に薫子は黒いウエットスーツを難なく着終わっていた。


「ちょっと、ここ引っ張って」


「久美子、後ろのファスナー上げてくれる?」


私はウエットスーツを着た後このスクールに来たことを少し後悔していた。


「では、浜でインストラクターが待っていますので気をつけて移動してください」


わたしたちの含めて5名は指示された浜辺に向かった。


由比ヶ浜には多くの海の家が立ち並び、何かを焼く匂いが海風に運ばれて漂っていた。


ブルーのウエットスーツを着たインストラクターらしき男性が見えてくる。


「こんにちは~」


180センチはあるその大きな男性は遠くから元気よく挨拶した。


「初めまして、インストラクターの橘幸太郎と申します」


「ん?幸太郎?って」


「ぉお薫子も来てたんだ」


「え?薫子って?」


「知り合いなの?」


私は薫子の耳元で囁いた。


「うん、アニキ4つ上のね」


そう言って薫子は私の向かってウインクしてみせた。


「え?お兄さんって?だって安藤…」


「言ったでしょ、私の家族はバラバラだって!」


「もしかして?麻生…さん?」


(橘くん?ってあの時の?橘幸太郎くん?)


そう言って橘くんは私に近づいてきた。


「久しぶり…覚えてる?僕のこと」


そう言って橘くんは本当に嬉しそうに、そして少し照れくさそうに笑った。


(やっと、やっとまた逢えた)


「やっと?またって?」


橘くんと目が合った時私にはそう聴こえた。


わたしたちは16年ぶりにまた出逢った、夏が終わろうとしている由比ヶ浜で。

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