第8話 始とみんなの希望

「俺は社長になるよ。親父の跡を継ぐと思う。本音を言えば、基に協力してもらいたかったけどな。まあ、しゃーない。大学は経営の方に進もうと思ってる。出来れば県外の私大かな」


 始は基の顔をまじまじと見ながら、真剣な顔つきで言う。基もそれは分かっていたらしい。


 「兄貴には悪いと思うけどさ……こればかりは譲れないって言うか。妥協出来ないんだ。俺が杉崎に入ったら、返って会社や杉崎の家に迷惑かけるかもしれないだろ。人の口に戸は立てられないし。俺は、自分の居場所を作りたい。自分が居てもいい場所が欲しい」


 「居場所……?」

 始は意外だという表情だな。僕もそう思う。基の居場所は葵とつるんでる時とか、そこじゃないのか?

 相棒である当の葵は、ふーん、という読めない顔つきをしている。


 「基ってさ、何かやりたい事とかあんの?」


 自分は何にも考えていません、という能天気そうな顔が羨ましい。葵と僕は兄弟であるけど、こういう所は似てないんだよな……ああ、目が爛々としている。法子の話題から離れてくれて良かった、と思う僕。


 「今の所は……まだハッキリとはしていないけど。高校時代に色々な職種のバイトでもやって、なんか足がかり的なものやヒントを掴もうと思ってる。葵、お前もある意味同じだからな。分かってないだろう」

 「え?自分が基と同じ……?あ、普通に就職出来そうもないから?」


 葵は基と違って、精神的な内面と外見が異なるわけだから……もっと別な意味の人生を考えなくちゃならないんだろうけど……。コイツ、あんまり深く考えてないんだろうか?まさか、ね。


 「自分はさあ、やりたくない事は無理してやらない主義だからぁ……えっと。やりたい事って今言われても?わかんないけど、手術するっていうのはね~ちょっとね……」


 ……やはり性転換手術は視野に入れていたのか……。


 「は? お前、手術は受けないって?じゃ、将来どうすんの……ってまだ考えてねーか」

 始も葵の内情を心配しているんだな。

 「あのさ……みんなに確認したい事があるんだよね……」


 いきなり葵が上目遣いで僕らを見つめる。不気味だ。いつからコイツの仕草が変わり始めていたんだろう?ほら見ろ。隣の基なんか体ごと退いてるぞ。

 毎日一緒に暮らしていても、僕は葵の何処を見ていたのか……。


 しかし。最近になってコイツをまじまじと良く見ると、なんだかだんだんゴツく、いかつい顔や身体になって来た様な……?このまま成長したら、まさかのいわおさん?僕らの祖父に生き写しになるんじゃないか?


 「……なんだよ、確かめたい事って。早く言え」

 「うっさいなぁ基は!こっちはねえ、悩んでるんだからね!」


 僕らの注文した料理や飲み物は全て空になり、既に空皿などは下げられていた。

 四人とも、よく食べよく飲んだ。が、話が尽きない。水をちびちび飲みながら、葵がメニューを手に取った。


 ……確認したい事があるんじゃないのか!

 隣の基が葵からメニューを奪って、テーブルの上に広げた。葵が横から覗き込む。


 「ねえねえ、なんか追加頼まない?」


 ……だから、お前は確認したい事が!


 「あ、俺、アイス食うかな」

 始が基に抹茶アイスの写真を指して、基に見せた。

 「あ、じゃあねえ、自分はイチゴ!」


 ……葵もイチゴを指す。基は黙って頷く。


 「俺はチョコにしよう。……茂生くんは?」


 ……だから……お前ら……話は何処へ行った?

 時々コイツらと血が繋がっていることに違和感を持つようになった。


 三人とも、僕がアイスを注文すると決めていて、指定するのを待っている。


 「……バニラでいい……」

 「わかった」

 基がテーブルの上のベルを鳴らした。

 



 僕は最近、色々な事を諦めるのが多くなったように思う。

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