第3話 将来は思ったよりも近くに
沈黙を破って、始が珍しい事を言った。
「なあ、葵が帰って来たらさ、四人で飯食いに行かね? 」
「……え?」
飯?
「俺は行ってもいいけど」
おお、基は即答だ。珍しい。
「茂生はなんか用事あっか? ああ、葵がまだ帰ってねえか? 」
「……僕は大丈夫だけど。こっちに来たくらいだし。葵か。ちょっと待って 」
四人そろって食べに行くなんて久しぶりだな。来年はもしかしたら、離れてしまうかもしれないから……今は一緒に行っておきたい。
携帯をポケットから出して、葵に電話をかけた。
『ええ~茂兄~?なにぃ?聞こえないよぉ? ちょっと静かにしてっ!しーっしーっ!』
葵は友達とカラオケにでも行っていたらしい。外野が騒がしかった。ズンズン、と低音のリズムがこっちにも聞こえた。が、肝心の僕の声が聞こえないらしい。
……部屋を出ろよお前……。
いくら何でもカラオケボックスで通話は無理だろ?我が弟ながら恥ずかしい。
基も始も状況を良く把握している。葵の事だから。二人とも『バカだな、葵は』って顔をしているぞ。
葵は夕飯を友達と食べるつもりだったらしいが、こちらに合流すると答えた。
「茂生、電話代わって」
「ん。葵、今、始に代わるから」
「よぉ、葵、今どこだ? 」
電話の向こうは静かになったみたいだ。葵の声も聞こえない。
「基ってバイトは何してるんだ?」
始と葵が長話しそうだったから、手持ち無沙汰な僕らは小声で話した。
「ネットカフェの裏方。接客はしないけど、消毒とか清掃が主かな」
「へえ。時給はいいのか」
「んー俺はまだ高校生だし、早上がりだからそんなには。深夜とか出来ればまあまあ行くけど」
「そっか。でも良いなあ。僕は学校が禁止しているから、隠れてバイトしようとも思えなくてさ。大学に行ったらやりたいな」
何だろう。基が笑っている。珍しい。いつも仏頂面なのに。
「茂生君とバイトがピンと来ないな。兄貴なら想像出来るけど」
え? なんだそれ。失礼じゃないか?
「なんでだよ。僕だってやるときはやるぞ?」
「違うって。茂生君は、バイトを雇う側かな、って思ったんだ」
「……雇う側……」
「そう。兄貴もそうなんだけどな。茂生君と条件は同じだよな……でも、兄貴は使われる側みたいなんだよ」
「だーれが使いっ走りだってぇ?」
始が聞き耳を立てていた。こいつはいつもそう。
「ほら、松乃おばさんに夕メシ早めにキャンセルしとけよ。ほい」
「ちょっと、携帯投げるなよ。いいよ。家に寄ってから行くよ。上着を取って来るから」
ここにいたら冷えた。一体設定温度は何度にしたんだよ。財布も必要だしな。
始もやっぱり涼しくなったみたいだ。クローゼットを覗いている。
「支度はゆっくりでいいぞ。葵が先にファミレスに行って席取っているからな」
「兄貴……その為に電話に出たのか?」
「ったりめーよ。葵が一番ファミレスの近くに居るじゃん?アイツを使わない手はない」
「ったく、人の弟をなんだと思ってるんだよ」
「アイツが一番使いっパだね」
基も動くけど、ひとんちの弟を顎で使いそうだ。始と同じで。
やっぱり父親が社長をしていると、何らかの影響が有るのかな。
それを言ったら僕もか……?
将来と言う言葉が身近な存在感になってきたなあ……嫌だな。
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