第2話 始と基

 「勉強捗ってるか? は禁句だからな。そこんとこ宜しくな 」


 始の家へ久しぶりに顔を出したら、僕の顔を見るなり、いきなりそう言い放った。


 「僕だって受験生なんだから、わかってるよ。そんな事言うかよ」

 「や、お前しれっと言いそうだし」


 ……伊達に18年間至近距離で生きてないな。ハイ、言うところでしたよ。


 「それよりさ、この間の」

 「判定結果も三猿だからな」

 

 「さんさる?」

 「見ざる聞かざる言わざる、だ」


  始は部屋のクーラーの温度を下げて、冷たい炭酸飲料を一気に半分近く飲み干した。


 なに、ヤケおこしてんだよ。そんなにギリギリなのか。これじゃ相談なんかは無理めかな。


 「こんな室温下げてそんな冷たいの一気飲みして……腹壊すぞ?」

 「おふくろかよ」

……う。琴子ことこおばさんとは他人ではないな。甥だし。

 「……基は? 」

 「あいつはバイト。夕方には帰るから、そろそろ来るんじゃね?なに、あいつに用か?」


 ……うーん。何から切り出していいやら。

 「いや……別に? 最近お前らと会ってないからさ、どうしてるかな、って」

 僕も一気飲み……は無理だった。始の食道はどうなっているんだ。

 

 もうすぐ夏休みも終わる。高校の夏休みはもっと楽しいと思っていたけど、バイト禁止の学校だったからなあ。部活動もしなければバイトも出来ない高校生活を選んでしまった僕。


 唯一の楽しみだった塾での彼女とのデートは……あいつがひとつ年上なもんで、さっさと大学生になってしまったから不可能になった。つまらない。僕に合わせて浪人してくれ、なんて言えなかったな。当たり前か。


 ……法子のりことデートしたいな……。去年は特別講習受けながら、あいつが受験生だったけど塾デート出来たんだったよな……。図書館デートや本屋巡り、公園デートも出来たな。

電車乗りまくりデートは乗り越しちゃったのがきっかけで、ただ終点まで行って帰って来るだけのデートだったけど、駅弁食べて勉強したりクイズ出したり楽しかったなあ……。ローカル丸出しで。



 そんな事を考えてぼーっとしていたら、始は黙って僕を眺めているのに気が付いた。手にしていたグラスがもう空っぽだ。おまえ早すぎだぞ。


 「なんだ、お前、勉強詰まってんのか?」


 「……え。勉強? 」

 あー……それもあるか?

 「なんだ? 別口かよ。彼女か? 」


 始は鋭い。と言うか、僕にとって話題と言えば受験と彼女くらいしかないのか。寂しい高校生だな。

 「うん。それもある。」

 なんか小腹空いたな。頭使うと空腹になるのが早すぎないか。ああ頭がぐちゃぐちゃだ。


 折り畳みのテーブルは低い。昔からこいつの部屋にあるけど、もうそろそろ変えろよ。足を伸ばして肘をついたら低くて。夏はいつもこれ使ってないか。来年もしかしたら、家を出て行くつもりなのかな。だからこのまま?


 「なんだよ。俺は今日予備校は休みだからいいけどさ、課題が溜まってんだよ。さっさとなんか話せよ。飯食って泊まるか?」

 「あ、悪い。ごめん。泊まるって 五分の距離でかよ。」

 むかーし、やったけどな。子どもの頃だ。懐かしい。


 「だってお前、基にも話があるんだろ? アイツは最近ヤケに忙しそうだから、あんまり捕まらないぜ。お前だって忙しいだろう」


 始がテーブルに来た。おいおい、このテーブルは一名様限定なの!バカでかい始なんか座れるわけがないだろ!


 「ありゃ、無理か。茂生、足どかせよ」

 「テーブルの意味ないだろ。店員オーバーだって」

 「それ言うなら『定員オーバー』な。お前、未来の杉﨑の社長だろう?大丈夫かよ……」


 「それだ!!」

 「何が?」


 よし、やっと話の入り口付近に到達出来たな。始は全くわかってなさそうだけど。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。……基だ!

 

 「兄貴、今日予備校無いんだって? 飯はどうすんの? 茂生君もいるんだって?」


 僕は部屋の主に断りもせずにドアを開けた。

 「……久しぶり」

 「……っす」

 「入れば? 」

 僕はまたしても部屋主に断りもせずに招き入れる。主は無視。

 基はまた背が伸びたようだ。まだ伸びてんのか? このままいったら180を越えるんじゃ?

 

招いてから後悔する。せ、狭い!でかい図体のコイツらと同じ部屋に居ると威圧感が半端ない……クーラー効いているけどなんか暑苦しい……!


 「うっお、何、この部屋寒くね? 」

 基は正常だな。僕もお前が入ってくるまでは涼しかった。


 「いいんだよ。頭冷やしてんだ。お前はバイト終わったんか」

 「ん。今週は早上がりだから」

 「基はアルバイトしてるんだ。偉いな。な、お前今身長いくつある?」


 ひとつ。なんて葵みたいに言いませんように。弟は基と同い年だけど脳ミソは小学生だ。

 僕は部屋中央のテーブルに、始は机に、基はベッド横に落ち着いた。狭くはない部屋だけど狭く感じる。視覚効果だよな。


 「俺? まだ175だけど」

 まだ、ときたか。伸びる気満々か。

 「始は?まだ伸びてる? 」

 「んあ。俺か。んーもう止まったかな。最近測ってないけど、多分181以上はいかねーと思うな」

 

 確か武市たけいちおじさんは183㎝だったと思う。


 「みんなでかいな。俺なんて170いかないと思う。少し二人のを寄こせよ」

 「大丈夫だよ、茂生君。二十五の朝飯前まで伸びるらしいから」


 「……二十五までまだあるな……。望みはあるかな」


 「……」

 「……」

 なんだろう。久しぶりなのを除いても、なんか気まずい。たかが数ヶ月会わなかっただけなんだけどな……?


 やっぱり葵たちのゲイ宣言からこっち、みんな何かしら変だよな……。


 半年前とは全く違う俺たちだった。

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