異世界転生が決まったけど、女神からの餞別がポケットティッシュなんだが?

豊科奈義

第1話



「目が覚めましたか?」



 その謎の声によって意識が戻り、悠介はすぐに顔を上げた。


 そこに居たのは、神々しい格好をした日本人女性だった。事態が飲み込めず固まっている中、すぐ隣に浩史が倒れていることに気がつく。



「おい、浩史起きろ。何かおかしい」



 悠介は浩史の体を強く揺さぶる。そのせいか、浩史は動き始めた。



「CD100枚買ったのに握手券がついてないなんて……」



 言葉は紡がれたが、どうにも瞼は開いていない。寝ぼけているようだった。



「握手券なんてどうでもいいだろ!」


「どうでもよくないわけがないだろうが!」



 起きるように諭したつもりだったが、浩史の逆鱗に触れてしまったらしい。鬼の形相でこちらに飛びかかってくる。怒りは冷めぬまま、悠介は浩史の腕を掴んで必死に抑えた。




「落ち着いて聞いてください。悠介さん。浩史さん」



 その日本人女性は宥めるような声で言った。そのせいか、浩史はようやく我を取り戻す。そして、浩史は前、上、下、左右を見渡し、この置かれている状況に違和感を覚えた。周囲には黒い壁。部屋の大きさは学校の教室一つ程度。だが、屋上は見えず、上からはまばゆいほどの光が差し込んできている。普通の空間でないことくらいは悠介でも一瞬で理解できた。



「ここどこだ?」



「その件も含め、お話します。まず、あなたは死んでしまいました。でも、これからあなたは異世界に転生します」



 異世界転生のお約束と言えばトラックに撥ねられることだ。実際はトラックが原因で転生するのは少ないらしいが。


 悠介は、必死に前世の最期を思い出した。確かに、あのとき、トラックがこっちにやってきていたのだ。信号をよく見ずに渡っていたため、赤だったのかもしれない。おそらく、これに撥ねられて二人は死んだのだろうと、悠介は推測した。そして、あらゆる状況を鑑みると、目の前に立っている日本人女性はもしかしたら女神的な立ち位置なのかもしれない。



「え? ……トラックに撥ねられたのか」


「いえ、撥ねる直前でトラックは急停止しました」



 だが、語られたのは予想とは真逆の事実だった。なので、悠介はより深く思い出そうとする。確かにトラックは急停止し、運転手から邪魔だの言われた気はしたが、撥ねられたわけではない。その後を思い出そうとするが、悠介は思い出せなかった。



「よかった。信号不注意で交通事故にあって死んだなんて笑えないからな。じゃあ何でだ……?」



 悠介は再び頭を抱えた。そして、またも深く思い出すことにする。



 無事に横断歩道を無事渡りきった二人だったが、あのとき妙な違和感を覚えた。なんと、二人を撥ねかけたトラックが宙に浮いていたのだ。二人は理解できず狼狽えていると、そのトラックは突如上空に吸い込まれていった。恐る恐る上空を見上げた二人だったが、そこにあったのはまばゆい光を放つUFOだった。そして、そのまま宇宙人によって拉致された後何かされて殺されたのである。



「洒落になんねぇよ。UFOってなんだよ! ファンタジーかよ!」


「ファンタジーだよ?」



 自分たちの不注意による交通事故でないと安堵した瞬間の出来事だった。突如として起こった状況に理解が追いつかずこの異常としかいえない死因を信じられなかったのだ。


 異世界転生しかかっているということを忘れるほどに。



「な? ひろ──し?」



 悠介は浩史に同意を求めた。しかし、彼の顔からは生気が失せており、気力が全く感じられない。



「握手したかった……」


「はぁ」



 自らの死よりも好きなアイドルとの握手を望む浩史に、悠介の苦悩は増えるばかでため息を付くことしかできなかった。



「握手できないなんて、いっそのこと死のうかな」


「もう死んでるぞ」



 このままでは埒が明かない。そう思った悠介はこの状況を打破することを考え女神の方を振り向いた。



「で、ここはどこなのですか?」


「ここは通称判決の間。あなた達をどの異世界に転生させるのか、判決を述べるための場です」


「なるほど」



 そして、女神は後ろを指差した。



「因みに、トイレは後ろにあります」


「あ、うん」



 その後、浩史にも何とか説明をしてやっとのことで本題に入ることとなった。女神は準備するものがあると言ってどこかへでかけ、大きなダンボール箱を手に戻ってきた。


 二人が固唾を飲んで見守る中、女神によって開封されたダンボール箱の中に入っていたものは商店街の抽選会でよく見るガラガラだった。



「ガラガラか」


「新井式廻轉抽籤器よ」



 細かいことを気にする女神に対し、悠介と浩史は特に気にしなかった。女神は、ダンボール箱の中から商品が書かれたボードを取り出し、ガラガラの隣に置いた。



「特等は、チート能力+絶対に金が尽きない財布! まあ、定番ですよね」


「止めて! 経済壊れちゃう」


「一等は、無限に収納できるアイテム袋! 体積も重さも変わらないから安心!」


「質量保存の法則どうなってんの?」


「気にしてはいけません」


「ええぇ」


「二等は、異世界で使える共通通貨。三等は、はがねの剣。はずれは、ポケットティッシュよ。夜の暇つぶしには困らないわね。じゃ、悠介さんから」



 悠介は、ガラガラの目の前に立って息を呑んだ。特等が当たれば異世界での生活はだいぶ楽になる。経済もお金を使いすぎなければ大丈夫だろう。安易な自信を元に、悠介は静かに取っ手をとった。


 そして、悠介は覚悟した。取っ手をゆっくりと回し、出てきたのは赤色の玉だった。


 赤色の玉を目にして目の色を変えた女神は、持っていた鈴を大きく鳴らした。



「おめでとうございます!」


「おお」


「赤色の玉は……ポケットティッシュです!」


「へ?」



 商店街でよくやるガラガラといえば、ハズレは白色で赤色は等位は違うが当たりのはずである。この結果に満足できるわけもなかった。



「何で赤色外れなの? 普通白じゃない?」


「日本の常識を持ち出されても困ります。確か、赤色のインクが一番安かったかららしいです」


「ええぇ」



 残念すぎる理由を聞いて意気消沈する悠介。そして、これまで全くその存在感を発揮していなかった浩史が立ち上がった。だが、アイドルロスの影響からは抜け出せていないらしく、未だその顔からは生力が感じられない。


 おぼつかない手で取っ手を掴み、回し始める。


 ポケットティッシュ一袋片手に体育座りで見守っている悠介だったが、その実態は浩史にもポケットティッシュが出てほしいという醜悪なものであった。


 ガラガラから飛び出た玉。それは、深い青色だった。その様子を見てダンボール箱の中から紙を取り出した。女性はその紙を見ながら玉を凝視する。



「えっと……。縹色が三等。藍色が二等。青色が一等。紺色が特等なので──」


「彩度じゃなくて色相変えようか?」



 ツッコミも気にせず、女神は紙と玉を交互に見比べた。そして、悠介のときと同じように派手に鈴を振り回した。



「おめでとうございます! 特等です!」



 本来なら大喜びするところなのだろうが、生気を失っている浩史には意味がなかった。へーそうなんだ、それで? と言わんばかりの表情で女神の方を向いている。女神はそんなことは気にせずにガラガラを片付け、戻ってきた。



「さて、これから説明と行きたいのだけど──ちょっとお花を摘みに」



 事実、悠介は自身の不遇な結果に不満だった。ガラガラが運だというのはよく理解してはいるけれども、それでもこの不満をぶつけたくて仕方なかった。だからこそ、意地悪な問いかけをしてみる。



「この空間花咲いてるの?」


「え? ……そ、そのトイレに咲いてますのよ!」


「汚ねぇ」



 女神はトイレへと優雅に歩いていったが、その後聞こえたのは悠介の腹部に響きそうな汚い音だった。


 長い間、トイレで女神が格闘してようやく女神が戻ってくる。



「ふぅ。さて、次は異世界転生にあたって必要な必要な説明です」



 女神は、二人に紙を配った。異世界での常識が色々事細かに書かれているものだった。活字が苦手な人だったら安眠グッズとして約に立つのかもしれないが、生きるか死ぬかがかかっている状況でそんな悠長なことは言ってはいられない。女神は巨大モニターに動画を映した。異世界に転生した太郎君が異世界でトラブルにあうというストーリー仕立ての解説動画だった。



「終わったわね?」



 興味なさそうだった女神がRCA端子をモニターから引っこ抜きながら言うが、口の中で何かを咀嚼しているようだった。


 悠介は女神の座っていたテーブルを見るが、置いてあったのはカレーである。時折カレーの中から顔を覗かせるコーンが憎くてたまらない。


 そんなことを考えているせいか、悠介に嘔吐感が襲う。すぐさま口を手で押さえ、トイレに駆け込む。男子用トイレ、女子用トイレ、多目的トイレに分かれていたが、その出入り口の前には花壇が設置されており名も知らぬ花が生えていた。



「本当に咲いてんじゃん……」



 悠介はよくわからない花を後にし、男子用トイレへと向かった。


 用を済ませ、戻ってくると未だ女神はカレーを食べながら呑気にしているようだ。



「文明的なトイレはここで最後になるかもしれないからある意味では正解だったわね」


「ニーハオトイレだがな」



 トイレットペーパーは流せないらしく、近くのゴミ箱に捨てるという不衛生なものだ。しかし、未だこれをやっている国があるというのも事実で、異世界に転生すればもっとひどくなりかねない。そのことを改めて悠介は考えさせられた。


 その後、お腹が空いたので気は進まないがカレーを食べ、ついに。転生となった。


 書類や所持金など渡され、魔法陣が発動する。感慨に浸りながら薄れていく視界。そして、最後に女神は優しく微笑むのが見えた。



「カレー代、引いといたから」

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