シンク6

僕は、、、、、誰なんだ?

厨二病の代名詞の様な名台詞がエコーの効いた脳内アナウンスで流れた。

それ以外の何もが消え、それだけが強く木霊する。

誰もが一度は考えるであろう『自分とは何か?』

八割の人間が青春時代に置いて来たであろうその問を、記憶を無くした僕は自分に投げかける事をしなかったのだ。

目紛しく転がる展開に揺さぶられたから?

記憶が無いと言っても憶えている事が多過ぎたから?

僕はそんな言い訳や手足の縄や彼女の右手の包丁やらを全て無視して、こんな自分の海馬に未だ残ってくれて居る記憶を駆け降りる様に遡った。

ゆっくりと呼吸をし、行けるところまで、深く、深く入り込む。

僕の脳が超高回転をしているのが解った。

だがそれが奇しくも諸刃の剣の如く、僕に確信させる。

何も無い、と。

事象や概念、固有名詞等、憶えている事は山程海程ある。

でもだがしかし、何よりも大事であろう『経験』

自分が僕には一つも無かった。

時間を奪われた様な、湯婆婆に名前を盗まれた様な感覚に襲われる。

それこそ経験が有る筈も無いのに。

「僕は、誰なんだろう?」

不意に出た言葉、彼女にではない、自分自身に対しての、言葉。

「貴方はリョウよ、私の愛する、リョウ。」

言って彼女は僕を強く抱き締めた、包丁を握り締めたまま。

心が落ち着くのが解る、相手は人肉を捏ねて焼く様な猟奇異常者であるのに。

でもきっと、心が落ち着く理由はそれだけじゃない。

彼女に、自分自身についてを聞く気が無いのもそうゆう事だろう。

自分が誰なのか?

その問を亡くしていた理由もそうゆう事なんだろう。

何かを失くして心が安らぐなんて、それが自分自身だなんて、滑稽だ。

僕はクスリと笑い、涙を流した。

そうだ、僕は、自分が嫌いだったんだ。

それは、、、殺す程に。

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